第9話 勇者の提案

 冒険者ギルドで、非常に忌々いまいましいこのハズレ天使の勇者就任の儀式が行われる中、おれはこっそりとギルドから退出した。


 異世界での冒険、剣と魔法の世界と異世界人との交流、そして異世界の女の子との恋・・・。ファンタジー小説やRPGが好きな奴なら一度は考えたであろうシチュエーション。しかしそれはすべて幻となって消えることになってしまった。


 さようなら異世界での熱い冒険。さようなら異世界でのまだ見ぬ恋人。


 くそー、あのハズレ天使が勇者になんかなりやがったから、俺の考えた最強の異世界生活が全部台無しだよ!こんなはずじゃなかったのに・・・。


 というかさあ、こういう場合、地球から転移してきたオレがなるもんじゃねーの?なんでハズレくじに入っていたあいつが勇者なんだよ。しかも俺なんか従者だよ従者!あーもうお先真っ暗じゃん!


出雲優いずもすぐるさん」


 そんな事を考えていると、ハズレくじに入っていたソニアがギルドから出て来た。どうやら勇者就任の儀式が終わったようだ。この地にやって来た時とは違い、堂々とした歩きっぷりだ。


「あ、終わったんですか。と言うか、そのフルネームで呼ぶのやめてもらえますかね?」


 なんでこいつは俺の事をフルネームで呼ぶんだ。もしおれが「源豊臣織田北条伊達徳川源五郎丸」とかいう名前でもフルネームで毎回呼ぶのか?


「だってあなたは出雲優さんではないですか」


「いえそうじゃなくて「出雲」で呼んでくださいよ」


「わかりました。では「優」さんとお呼びします」


 なんで名字で呼んでくれって言ったら下の名前になるんだ?まあいいや、深く考えたら負けな気がしてきた。


「えっと、それじゃあどうしましょうか?」


 完全に俺の希望ではない物の、俺達は勇者パーティーとなってしまった。そうなった以上は何かしなければならない事とかあるかもしれない。そう思い尋ねたところ、


「優さん、私達は勇者パーティーとなりました。ですから勇者にふさわしい部屋にランクを上げることを私から提案します」


 等と、超どうでも良い事をすげえ真面目な顔をして言ってきた。何言ってんだこいつ?俺が昨日言った事をもう忘れたとでも言うのだろうか?


「あの、昨日も言いましたが、我々はこの世界では初心者冒険者なんですよ?お金の無駄遣いは避けるべきです」


「しかしあんな部屋に泊まっているのでは、勇者としての沽券こけんに関わると言いますか・・・」


 いや、お前まだ勇者として何も成し遂げて無いから!一瞬そうツッコミそうになったが、そこはぐっとこらえた。言ったら言ったで面倒な事になりそうだからな。


「わかりました。そこまで言うならソニアさんがランクを上げるのは構いませんよ。だって別財布ですし」


 まあ、俺はびた一文こいつに貸すつもりは無い。なので勝手に部屋のランクを上げればいい。俺は絶対出さないぞ!もし勝手に俺のお金を使ったらブチ切れるからな!


「それは、あなたは最低ランクの部屋で寝泊まりするという事ですか?」


 俺が別財布だからと告げると、ソニアはちょっと「ムッ」とした顔になりながら、俺にそう尋ねて来た。なので俺は「はい」と答えてやった。


 安定した収入を臨める状態にないのに、どうやったら最高ランクの部屋に泊まろうとか考えられるんだよ。


 こいつが勇者になった事で俺達の懐事情ふところじじょうが劇的に改善するならともかく、ギルドでは特にそんな話も出なかった。という事はやはり金銭的な対策は自分でしなければならないんだろう。


「私が最高ランクに泊まってあなたが最低ランクだと、私の勇者としての評判に関わるんですけど」


 知るかそんな事!お前の沽券だか評判だかを何で俺が心配しなくちゃならんのだ。


「だったら、勇者なのに安い部屋で寝泊まりして、「なんと控えめな勇者様なんだ!」と言われるようにしたらどうですか?」


 俺は投げやりでそう言ってみた。


「それいいですね!いただきです。やはりこのランクの部屋に泊まることにしましょう。まあ私としては、あなたのような下賤の者と一緒なのが非常に不本意ですけど」


 こんのやろおおおお!お前なんかはずれくじに入っていたはずれ天使じゃねーか!しかもお父さんから下界に修行に行かされるくらいのダメ天使じゃねーか!


 けどなあ、従者である以上、俺はこいつを何とか管理しなければいけない。じゃないと俺も死ぬから!なので、俺から一つ提案を行う事にした。


「提案があります」


「なんでしょう?」


「宿屋の女将おかみにお願いして、空いてる倉庫などを長期間借りませんか?」


「出雲優、あなた私に倉庫で寝泊りしろと言うのですか!?」


「じゃあ勇者であるソニアさんが、その偉大な勇者の権限でお金の工面をよろしくお願いします」


 俺がそう言うと、ソニアはいきなり無表情になった。大体天使だとか勇者だとか言うなら、それくらいやって見せろって言うんだ。


「まあ仕方ありません。私は勇者とは言え非常に寛大な天使でもあります。今回は例外で大目に見てあげましょう」


 こいつ・・・。


 まあ、そういうわけで、この世界で暮らすに当たり住む場所は絶対に必要だ。とはいえ、ずっと宿屋暮らしと言うわけにもいかない。なので俺は宿屋と交渉し、以前物置用に作ったという凄い狭い部屋を格安で借りることが出来た。ただし、ベッド等の必需品は自前だし掃除も自分達でする。


 そういうわけで、俺達は新しい生活を開始するために町へと繰り出した。

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