第19話魔人
「
身体中に黒い線の刺青が入る。剣聖が高めることができる攻撃力は4倍となり、ステータスは2倍高まる。今の俺の攻撃力は人間の限界を越える。10体の魔人に向けて走る。
「ファイアーボール!」
先程の辿々しい言葉とは違い、魔法ともなると発音がいい。しっかりとした火球が飛んでくる。
だがファイアボールは俺の目の前で爆裂する。舞ちゃんの盾が守ってくれている。そのまま勢いを止めずに一体の魔人に斬りかかる。拳と剣が重なるが、拳が斬れる様子はない。拳と剣の殴り合い。
魔人は拳に炎纏い、攻撃力を増していく。
「属性は火か?
基本四大精霊の属性の小さな四つの塊が、俺の持つクリスタルの剣の周りを浮遊する。それぞれが特徴を象った紋章を浮かべる。
「
水の紋章がクリスタルの剣に溶け込むと、水の渦を巻く。
剣を思いっきり叩き込むと、魔人が後ずさる。
「火なら水に弱いよな」
俺は攻撃を続ける。
__
「ふぅ」
迅君が求道者で力を高める。魔人は目にも止まらぬ速さで動く。迅君のレベルではまだ足りない。
「
空手の構え。受けの構えを取る。まるで魔人の場所は分からない。だが必ず合図はある。
激しい激突音が近くで響く。舞ちゃんの盾に魔人の拳が激突したのだ。もう一つの破壊音。こちらは一ノ瀬の結界壁を破壊した音。舞ちゃんが出せる盾は最大で四つ。1人に一つ付けるのがやっとだ。
結界壁を破り飛び込んでくる魔人。速いが幾分か速度は鈍っている。身体に染み込んだ型の通り動き、魔人に一撃を見舞う。更に蹴りも。高まる迅君の攻撃力は魔人も無視はできない。腹部を抱えて悶える魔人。
「倒すにはいたらねぇか。とにかく耐える。情けねぇが、研が必ず来る。今は頼る!」
迅君は捌く。魔人はどんどんと潰しが入る。盾と結界、そして武道の知識で迎え撃つ。
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俺は魔人と激しく競り合う。本来であれば無謀な敵。だけど俺が負ければ、結局はネメアだ。赤月さんに経験のためにも最初はネメアなしと言われた。予想外の敵の多さでも変わらない。
「
舞ちゃんは俺の叫びに答え、盾を動かす。
魔人の目の前に盾が現れ、叩いても壊れず、動いてもついてくる。
「ウッ…トオシ」
俺は盾から飛び出して、剣を振るう。魔人の油断を予感したのだ。最高の一振り。魔人の身体斬れる。更に雷撃が襲う。俺は叫び、更に胸へと剣を突き立てる。
再びの雷撃に堪らず魔人は倒れ、絶命した。
「やっ…た。やった!」
「研君!」
月野の盾の操作も限界が近かった。月野は1人で2人の探索者を魔人の手から守っていた。止められない操作。たかだか5分程度の闘いで、凄まじい疲弊をしていた。
守ってくれるはずの盾はない。当たる。剣を構えても間に合わない。魔人は突っ込んでくる。
「逆行!」
魔人の動きがブレ、ほんの少し巻き戻る。
俺は再び吠え、剣を横に振り抜き、首を捉える。
ゴロンと落ちる首。棚ぼたのような2体目の撃破。
だが身体が宙に浮く。激しい怒りに震える魔人。母の怒り。
「魔人に母性だと? ふざけんな!」
剣を突き立てようとしたが、凄まじい力に壁まで押されてしまう。
「離しやがれ!」
魔人の拳が腹部を直撃。血が止まらない。
「ワタシトアナタ。ナニガチガウ?」
「何もかもだよ」
魔人は叫ぶ。顔を殴打される。止まない拳の嵐の中、涙する魔人を見ていた。
__
「ここまでだな。舞ちゃん。ネメアを」
「はい!」
その時、研の声が響く。
「何が涙だ! 畜生! お前ら! お前らが泣くな!」
ふざけんな! 殺しておいて! 殺されて泣きやがる! お前らがやらなきゃ良かったんだろうが! 泣く資格なんてあるか!
「
爆発的なオーラを纏う剣。ただ攻撃力のみを上げる技。捧げるのはHPだ。まさに命を削る技。だが捧げるHPは僅かでも、伸びる力は10倍に達する。
研の剣と母なる魔人の拳が激突。魔人の拳は裂け、腕が切り落とされる。更に研は高速で動き、母の魔人の身体を斬り刻む。剣聖の名に恥じない太刀筋だった。
「お前だけは死んどけ」
魔人達は母の死により怒り狂い、研に向かう。
不思議と俺は落ち着いていた。あと僅か。この技を発動していれば死ぬ。でも。
まず4枚の盾が魔人の攻撃を阻む。もう一体を予感の感覚で攻撃を避け、斬り飛ばす。あと6。
「
盾を必死に砕こうとする4体を的確に射抜く。全ての魔人の心臓を貫く。あと2。
盾の隙をついた2体の魔人が俺に向かってくる。俺は2体に届くよう回転して剣を振るう。普通なら防がれる。だけど。
「おら! 飛び膝蹴り!」
「逆行!」
2体の動きが止まる。そして美しい光の線が通り過ぎると、2体の魔人の首が落ちる。
「嘘…」
舞ちゃんも参加していたが、それでも研の剣技は凄かった。本来であれば星5の最高峰の力だが、それでも震えが止まらなかった。
俺は剣を落とすと、膝から崩れ落ちる。力を使いすぎた。暫くは動けねぇ。
また危険を知らせる予感を感じる。何だ? 魔人達を見るが、息があるものはない。遠くから? 何だ?
誰かが動く。俺に対して何かを投げた。
「う、誰か、あれを」
「あ?」
あまりに静かで、美しく投げられた短剣は仲間に誰も気づいてもらえず、真っ直ぐに俺に向かっていた。俺は短剣の接近に目を閉じる。
カンッと何かに弾かれる短剣。
「いやぁ。良いもの見せてもらったよ。ここまで出来るとはねぇ。お疲れ様。迅君。研君の代わりにクリスタルタワー砕いてもらえる?」
「え? いいんすか?」
赤月さんが俺を見る。疲れ果てて頷くことしか出来ない。
迅君は最下層の最奥の間にあるクリスタルタワーを砕く。攻略はこれで完了となる。シンプルなものだ。
「おめでとう。レベルアップも金もウハウハだ。これぞ探索者だ」
赤月さんは舞ちゃんや一ノ瀬さん達も呼び、俺が少し動けないので、ここで攻略のお祝いをしようと話した。みんな舞い上がり、気が付かなかった。いつも赤月の側にいるニーナの姿は無かったことに。
__
激しく息が乱れ、逃げる1人の探索者。
「あの剣を防ぐとは、只者じゃない」
暗殺を企てたものは失敗に驚いていた。母体の魔人を放ち。『巣』まで作らせた。更に暗殺の短剣の阻止。もっと強力な次の手を考えなくてはと思考していた。
「パパ…凄いから」
いつの間に背後にいた。まるで気付かなかった。何者だ。
薄暗いダンジョンの中。黒い何者かの姿。
「ライトニングロード!」
暗殺者が発動する最高峰の力。紫電とはまた別の進化を遂げた最高峰の雷の力。
何者でも構わん。殺…す?
剣を抜こうとする腕を掴まれていた。腕はまるで動かない。ニーナはただ触れているだけのように見える。
また気付かなかった。これ程の接近に。
「悪いことはダメ。パパが言ってた」
ブチブチと音が鳴る。その瞬間ダンジョンに悲鳴が響く。暗殺者の腕を引きちぎられた。
ニーナは腕をポイッと後ろに捨てると、相手を睨みつける。
「もうやめてね?」
相手も熟練の探索者だ。幾度もの死線を潜り抜けた。死の覚悟も。
もう一つの手で剣を抜こうとする。ニーナが反応し、相手の首を掴むと、そのまま引きちぎった。
「あ。ごめんね」
ニーナは動かなくなった暗殺者に首をつけるが、元に戻らない。
「…パパに怒られちゃう」
ニーナは暫く死体を見ていたが、崖があったので、そこから放り投げた。
「バレない」
ニーナはルンルンでパパの元に戻る。その瞳に罪悪感は一切なかった。
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