第1話 異世界転移、厩舎と『テイマー』

俺の名前は竜崎タクミ。今、夏の日のような、日の傾き具合からおそらく午後、照りつける太陽の元、茹だるような暑さの中で、快晴とは裏腹な心情の俺は深いため息をついた。


「何処だよここ……」


学校の教室で居眠りしていたら突然光に包まれて、気がつけば森の中。


かれこれ数時間は彷徨っている。


「お、これは……」


俺が地面に目を移すと、そこには人工的に見える道があった。


ここを渡れば人里につけるのでは!?


俺は、一縷の希望を胸に、その道を突っ走った。


その道を進むと、高い柵に囲まれた草原が見えた。その草原に、ウロウロと動くいくつかの影が見えた。


「あれは──ドラゴン?」


ドラゴン、もしくは恐竜にも見える、二足歩行の大きなトカゲのような生き物が見える。


「おお、スゲェカッケェ!」


俺はオタク気味の趣味をしていて、異世界モノのラノベやゲームが大好きで、カードゲームなんかでもドラゴン系のデッキを使うことが多かった。


そんな俺は、初めてみる生のドラゴンに興奮を隠せずにいた。


俺はフラフラと柵に近づくが、ある程度近づくと、バッと一斉にドラゴン達がこちらを見つめる。


そしてもう一歩恐る恐る近づくと!


「グォォォ!!」


と、ドラゴンたちは威嚇の雄叫びを上げた。

俺が驚いて一歩後退ると、ドラゴンたちは興味を失ったのかのように、各々自由に行動を再開した。


「ナワバリに入っちゃった感じかな……?」


俺はドラゴンとの接触を諦め、柵を伝うように視線を動かす。


すると、少し先に小屋が見えた。


俺は、ある考えを胸に、小屋に向けて歩き出した。

コンコンッ、と小屋のドアをノックする。


すると

「なんの用だ?」


と、髭を蓄えた中年が現れた。


「あの、俺をここで働かせてください!!」


そう、俺の考えとはこれ。


ここはおそらく異世界。俺はこの世界には頼れる人間もいない。


財布はあるがここで日本円など使い物にならないだろう。


この考えはそんな衣食住をどうにかするのと、憧れのドラゴンに近づけるという一石二鳥の考えだ。


「此処で働かせてくださいだぁ?」


「お願いします!!」


俺はなけなしの気合を総動員して大きな声で頼み込む。


「まぁ、いいか。ちょうど弟子が逃げ出して人手が足りなくなってたところだ。が、ウチは厳しいぞ?覚悟はあるか?」


「はい!もちろんです!俺、ドラゴンの世話したいです!」


「ハァ、ランドランナーはドラゴンなんて大そうなモンじゃねぇよ。ったく、大丈夫かねぇ。まぁやる気だけはありそうだしな。分かった、雇ってやる。その気合が長続きするのを祈ってるぜ」


そうして、俺はランドランナー牧場の厩舎員として働き始めた。


小屋の屋根裏部屋を個室として与えられ、ランドランナーがいないうちに厩舎を掃除し、餌を準備する。


そのうちランドランナーのブラッシングなんかも任されるようになった。


俺は、元引きこもり気味のインキャオタク高校生とは思えないくらい、精力的に働いた。


ランドランナーのお世話は楽しく、俺は元の世界のことなんてすっかり忘れて、此処でずっと働けたらいいのにな、なんて思い始めていた。


そうして数カ月が経ち、俺は師匠に叱られることも無くなって来た。




そんなある日。


俺は師匠に呼び出された。




「師匠、用とはなんですか?」


師匠の家、いつもは食事をするテーブルの椅子に師匠と俺は向かい合って座る。


「お前が此処にきてそれなりにたったな」


「はい、そうですね。最近は仕事にも慣れて来ました」 


「そうだな。お前が最初来た時は正直三日かそこらで逃げ出すと思ってたぜ俺は。それがいまじゃ、一端の厩舎員だ」


と、師匠のお褒めの言葉を

「ありがとうございます」


俺は素直に受け取っておくことにした。


「それで、だ。こっからが本題なんだが、お前、『テイマー』にならないか?」


「『テイマー』ですか?」


『テイマー』その単語は知っている。


ゲームやラノベなんかでよく出てくる魔物使いのことだ。

そのテイマーに俺が?


「えっと、どういうことですか?師匠」


俺の疑問に

「そのままの意味だよ。俺はお前はテイマーに向いてると思ってな」


師匠曰く、ランドランナー種は比較的人に友好的な種族であり、主に騎士なんかが戦いの時に乗ることが多いそうだ。 


しかし、戦闘向きということで凶暴な種族であることもまた事実。本来はゆっくりと主人となる人間になれさせるそうだが、俺はここにきて一ヶ月も経たないうちに全員とブラッシングしても怒られない間柄になれた。


「それはすげぇことなんだよ。外から来た余所者に、ランドランナーがすぐに慣れるなんてな」 


と、師匠はいう。


「けど、それとテイマーになれってのはどういう関係が?」


「テイマーってのは魔物と心を通わせる人間にしかなれねぇ、希少な役職だ。基本人間は魔物を恐れるし、魔物も人間に従うことなんざねぇ。でも、お前にはそれができてる。お前ならいいテイマーになれると思ってな」


「師匠……」


「それに、お前ドラゴン好きなんだろ?……実は俺もなんだ。俺は先祖代々受け継いできたランドランナーのテイマーにしかなれなかったが、お前ならなれんじゃないかと思ってな。ドラゴンテイマーってやつによ」


師匠はつづける。


「ドラゴンテイマーってのは世界広し、歴史長しといっても、まだ世界の歴史上六人しかいない。でもお前ならできると俺の勘が言ってる。なぁ、どうだ?」


「………そう、ですね」


俺は、ここでの生活に満足していた。だが、せっかくの異世界。まだ見ぬいろんな景色やモンスターを見てみたいという気持ちもある。テイマーになればやることになるだろう『冒険』。

何故か魂に響く言葉だ。 


それに、いつまでも師匠のご厄介になる訳にもいかないのだろう。ここは、師匠の提案を受けよう。


「はい!俺、テイマーになります!」


「───そうか。わかった!それならこれを受け取れ!」


ドン!と師匠は重みのある巾着袋をテーブルに乗せた。


「師匠、これは?」 


「お前の今までの給料だ。お前が全く欲しがるそぶりも見せねえし街に出ようって誘ってもこねぇしで渡しそびれてたヤツだ。

そんで、『ジャック』だが、お前がよく世話してたよな。アイツも連れて行きな」


『ジャック』とは師匠の牧場で世話しているランドランナーで、ランドランナーの中では小柄だが、それに似合わない闘志を秘めたなかなか尖った性格のヤツだ。


「いいんですか!?」


ジャックは小柄とはいえ、それでもランドランナーだ。この数ヶ月で何度か師匠がランドランナーを売っている姿を見たことがあるが、少なくともいまテーブラの上に乗っている給料では買えないだろう。


「いいってことよ、弟子の卒業祝いだ。それに、ジャックは小柄な上に気性が荒すぎる。売りもんにはなんねぇよ」


「わかりました。ありがとうございます」


俺が師匠の心遣いに内心泣きそうになっているが、師匠はガサゴソと後ろにある棚を漁り始めた。


「お、あったあった。これだ」


師匠が棚から出したのは、不思議な光沢を持った筆と妖しく光るインク壺だった。


「手の甲だしな」


師匠に言われるがままに俺は手の甲を師匠の前に差し出す。


すると師匠は、インク壺のなかのインクを筆

に染み込ませると、俺の手の甲全体にインクを塗った。


「あの、これは……?」 


「ちょい待ってな。熱くなるぞ」


その師匠の言葉のすぐ後に。


「あっつ!なんすかこれ!めっちゃ熱い!」


俺は大急ぎで手の甲のインクを水で落とそうと立ち上がる。


「まちな!熱さはすぐに取れる。流すのは定着した後だ!」


俺は、その言葉に従い、熱が取れるのを根性で待つ。


「取れました」


パッパッと手を振るいながら俺は熱が取れたことを師匠に伝える。


「よし、じゃあ水で洗い流してみな」


そうして俺が手の甲のインクを洗い流すと、そこには何やら紋様が浮かび上がっていた。


「うわっ! これなんです?」 


俺は師匠に問いかけた。


「それはテイマーの固有紋章だ。お前と、お前が契約したモンスターに浮かび上がるお前だけの紋章だ」 


「は〜これが」


俺はその紋章を見つめた。


「それがあれば晴れてテイマーを名乗ることができる。ちなみにテイマーとしての適性がないヤツだとインクは完全に流れて紋章は現れない」 


「そうなんですか」


俺は自分でも自覚できるくらい若干気の抜けた声で答える。


「さて、今から必要な道具を揃えておくから、明日ジャックと契約してみろ。それができたら、とりあえず俺の教えられることはもうない。まぁ明日にでも旅立つんだな。ここからだと『ラガリア』あたりが近いか。とりあえず今日はもう寝な」


「はい」


俺は、少し緊張しながら、今日までの自室である屋根裏部屋にもどった。


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