拾壱ノ幕 遂に来た! 音楽コンクール 後篇

 2年A組の面々は、音楽室で“国際学生連盟の歌”を練習していた。音楽教諭の佐竹さたけ陽子ようこは、自分の教員人生で初の体験をしており、生徒達が今正に味わっているのと同じ緊張感に浸っていた。

「よし、それまで。皆、大分纏まりが出てきたんちゃうかな。この調子やったら何かしら賞は獲れるで」

陽子の言葉に一同は緊張感を緩めた。



 遡ること2週間前、自由曲が決まった翌日、2年A組では歌詞カードが配られていた。見たこともない文字の羅列に明照あきてる根路銘ねろめたかし赤嶺あかみね美娜みな以外は全員唖然としていた。

「何じゃこりゃ」

「所々に英語と同じ文字も有るね」

「これって鏡文字じゃね?」

「この文字を上下逆さまにしたら…何も意味無かった」

 皆の驚きはやがて不満へと変化していった。

「こんなの無理」

「覚えられないー」

「見ただけで頭痛くなる」

懲りずに騒ぎ出したのを見て美娜はまたも羅刹に変身した。

「おい、貴様等、試す前からそんな腑抜けた事言って如何するんだよ。明照より良い曲を選べなかった癖に生意気ぬかしてんじゃねーぞ」

この前は食い下がった連中も、流石に2度も同じ間違いは繰り返さず、直ぐに静まり返った。

「余り大声で喚き散らすなよ。喉を傷めたら後が大変だろ」

変身を解除した美娜に崇が小声で声を掛けると、一瞬目を細めた。

「堪忍して。文句ばかり一丁前で、建設的な事何も言えない奴が私は大嫌いだから」

崇に宥められ、美娜は落ち着きを取り戻した。それを確認してから明照は話し始めた。

「確かに、これ全部となると難しいよね。では、仮に皆が覚える部分が後半4行だけだとしたら? 然も、この部分は1番から3番まで歌詞が全く同じだよ」

そう言われてよく読んでみると、1文字も違っていなかった。

「まぁ、これなら何とか……」

「何十回も聞けばいけるかも?」

「本当にこれだけで良いの?」

またも皆が口々に意見を述べた。

「勿論、自信が有るから全部覚えるって言うのなら、それは諸手を挙げて歓迎するよ。あくまでも、本当に出来るならの話だけどね」

傍で話を聞いていた担任、仙石聡は頃合を見て口を開いた。

「成る程、これなら確かに楽だな。それで、最初の2行は如何するんだ?」

「音源聴いた時分かったと思いますが、ソロパートになっていましたね。これを模倣します。他の皆はこの間は休みです」

この提案には皆複雑な表情を浮かべた。確かに楽出来るのは嬉しい。だが、これだと半分は明照の独演会も同然だ。皆がまた好き勝手に意見を出し合う中、崇が不意に手を挙げた。

「だったらよー、1番は明照、2番は美娜、3番は俺がソロパートやる。これなら特定の1人に偏らないだろ? しかも、明照の負担も減って一石二鳥」

不意に出てきたアイデアに誰もが息を呑んだ。あくまでも想像だが、他のクラスはこんな事はしてない筈だ。ならば大きく差別化する絶好のチャンスではないか。

「ほほぅ、それは気が付かなかった。面白い! 前例が無い事に果敢に挑戦するのは良い事だ!」

こうして自由曲の練習の方針は簡単に決まった。



音楽室にチャイムが鳴り響く数分前、明照が不意に前に出た。皆が何事かと注目する中、明照は思わぬ提案を持ち掛けた。

「皆、この前休日返上してでもやるって言ってたよね。それなら歌声喫茶“ひかり”でやろうよ。エアコンもきいているし機材だって良い物がふんだんに有る。加えて、僕なら講師とコネが有る。勿論、あくまで任意だから強制はしない。只、来るなら手抜きは一切許されないよ。如何かな?」

この頃になると皆は明照・崇・美娜の統率力を認めていた。

「面白い。よし、乗った」

「表彰される為なら何だってするわ」

「どんな先生が来てくれるんだろうな」

一心団結する姿に、陽子はえびす顔になった。

「歌声喫茶“ひかり”か。えぇやん。皆、行くんやったら最後の瞬間迄全力やで」

チャイムが鳴っても、一同は後1回だけと粘り音合わせを行なった。



翌日、歌声喫茶“ひかり”に集まった一同の前に明照が立った。

「皆、僕の提案を受けてくれて有難う。では早速講師を招くから、決して粗相の無い様にね。先生、出番です。御願いします!」

その声を合図に、奥の扉が開いたと思うと、歌声喫茶“ひかり”の主宰者夫妻及びその孫娘が姿を見せ壇上に上がった。直後、少し遅れてもう1人、外国人の女性が現れた。

Здравствуйтеこんにちは, товарищ同志. 今回、皆様の担当講師となりました、アナスタシア・ヴラディーミロヴナ・タルコフスカヤです。流石にパブロ・ディエゴ・ホセ・ピカソのフルネームには到底及びませんが、それでも日本人からすると、途轍もなく長い名前なので“アナスタシア”で結構です」

産まれて初めて見るロシア人美女に、男子は勿論、女子も心を奪われた。

「凄い。氷の妖精だ」

「あれじゃ嫉妬する気にもなれない」

「完全に違う世界に住んでいるよね」

「逆立ちしたって勝てやしない」

呆然とする中、主宰者一家も挨拶をした。

「初めまして。歌声喫茶“ひかり”の主宰者をしています小野田おのだ寛司かんじです。今日は宜しく御願いします」

小野田おのだ英子えいこです。皆様を迎え入れられて嬉しいです」

「初めまして。稲葉いなば杏果きょうかです。主宰者の孫娘です。皆にこの歌声喫茶を紹介した、田中明照君のガールフレンドでもあります」

思わぬ爆弾発言にその場は騒然となった。

「おい、どういう事だよ」

「何時の間にあんなに可愛い子と知り合ったんだ」

「どっちから言い出した訳?」

「あんな小さい子と!?」

芸能人に群がるパパラッチの如く同級生達は矢継ぎ早に質問を投げかけた。そんな流れを大きく変えたのは、例にとって崇と美娜だった。

「御前等、歌声喫茶の方々に迷惑掛けるなって再三再四言われてただろうが。忘れたのか?」

「それに、杏果ちゃんと明照は一緒に御風呂に入り、互いの過去を打ち明け合い、家にまで泊まった程の仲だよ。貴様等の入る隙間は1mmも無いから潔く諦めな。仲を応援するなら結婚式には呼んでもらえるかも」

衝撃の事実が何度も相次ぎ、同級生達はツッコミを入れる気が失せた。そして、本来の目的も思い出した。


漸く静かになったところで、アナスタシアによる講義が始まった。

「日本人にとってはЛエルРえるの区別は難しいでしょう。Лは英語のLに近い一方、Рは英語と日本語のどちらにも無い音なので、コツが要ります。英語のRとも違っていて……」

歌声喫茶の常連である照明、並びに数回来たことが有る崇と美娜は比較的早く順応出来ていた。然し、他の生徒達は、大部分が悪戦苦闘していた。

「なまじ英語が出来ると却って難しいな」

「確かに」

「えぇと…あぁ、これは英語だとSに当たる文字か」

「これ、数学の授業で似た文字見たかも?」

2年A組は既に友情と努力は揃った。今や勝利を掴む段階に入っていた。しかし、それこそが最後にして最大の難関だった。何せ他のクラスは自由曲に何を選んだか分からない。加えて、歌唱力も全く不明である。そんな様子を見て、杏果は、以前崇と美娜に掛けた魔法をもう1度使った。

「皆なら出来るよ。諦めないで☆」

杏果の甘い声と可愛い笑顔が五感を刺激した瞬間、明照以外の全員の魂が体から抜けそうになった。後に明照は“漫画とかアニメとかゲームによく有る、魂が浄化される瞬間を、まさかリアルで見ることになるとは夢にも思わなかった”と語った。



 そうして迎えた当日、2年A組は最大級の緊張感に包まれていた。課題曲の時は未だ比較的気が楽だった。嫌な表現をすると、気に入っていようがいまいが、学校から無理矢理押し付けられた楽曲なので、どのクラスも露骨にやる気が無かった。だから特に大した差は見られなかった。しかし、自由曲になった途端猫も杓子も覚醒した。ここぞとばかりに派手なパフォーマンスをしてみせたり楽器が得意な者は腕前を披露したりと、創意工夫に富んでいた。今更ながら緊張する一同に向かい、明照は最後のアドバイスを贈った。

「皆、客席に並んでいるのは全て果物のオブジェだ。苦手なら代わりに野菜のオブジェを思い浮かべてくれても構わない。兎に角、彼処に座っているのは人間じゃないって事を決して忘れるな」

今やクラスの領導者となった明照の勢いは、崇と美娜でも止められなかった。

「あいつ、守宮から青龍に進化したな」

「杏果ちゃんの前で良いところを見せたいんだね。尤も、それは皆同じだけど」

やがて、前のクラスの自由曲の披露が終わった。

「続きまして、2年A組による自由曲で“国際学生連盟の歌”です」

実行委員長、井上いのうえ沙也加さやかのアナウンスは皆の気を引き締めさせた。同時に、全員一斉に自分の好きな果物を思い浮かべ始めた。



 ここで時はコンクールの前日に遡る。音楽室で自由曲の練習をしていたA組の面々は明照のブリーフィングを聞いていた。

「緊張するなと言ったって、そんなのが無理である事は最初からよく分かっているよ。寧ろ、全く緊張しないのも其れは其れで良くない。でも、緊張し過ぎも論外。そこで、杏果ちゃん直伝の奥義を教えるよ」

明照はホワイトボードに以下の内容を書き記した。それを見ると同級生達は一斉にノートを取り始めた。


 *練習の時は自分が世界一の下手くそだと思い込む

 *本番の時は自分が世界一の歌い手だと思い込む

 *軍楽隊の一員になりきるのも有り

 *緊張はするのが当たり前

 *客席に並んでいるのは※果物のオブジェ。

 人間じゃないから怖がる要素など無い


 ※苦手なら、代わりに野菜のオブジェでもOK


ホワイトボードマーカーのキャップを閉め、元の位置に戻した後、明照はブリーフィングを再開した。

「僕達はともすれば緊張するのは悪い事であると思い込み易いよね。それでは何時まで経っても良い歌にはならないよ。だから発想を逆転させようって訳。緊張している自分自身を受け入れるんだ。何か質問が有るならどうぞ。答えるよ」

その瞬間、1人の男子生徒が勢い良く手を上げた。

「早いね。どうぞ」

指名された生徒、川端かわばた宏明ひろあきは後ろの列に居たので、太った体を揺らしつつ前に出てきた。

「果物または野菜って言うけど、他の物、例えば豚カツとか寿司とかでも良いのか?」

予期せぬ内容に、クラスの大半が失笑した。しかし、唯一明照だけは笑わずに疑問に答えた。

「どんなに小さな疑問でも決してほったらかしにはしないとは良い心掛けだね。皆も見習うべきだよ。それで、今の質問の答えだけど、結論から言うと“やって良い”。当然、歌詞を忘れるような事は決して許されないけど、自分の好きな物のオブジェを思い浮かべることで本当に士気が上がるならそれは実に素晴らしい事だよ」

一見すると愚問にしか思えない事にも丁寧に答えてくれる明照の方針は、他の生徒達に“自分も質問しよう”と思わせた。こうして皆の礎は確実に固まった。



皆が好物のオブジェを思い浮かべる中、遂に音楽が始まった。最初のソロパートを担当する明照は、杏果と行なった地獄の訓練の日々を思い出していた。少しでも不自然だと直ちに“ニェット”と言われ、何百回も心が折れそうになった。それでも、レッスン終わりにはマッサージをしてくれたり、キスしてくれたりしたので頑張れた。


明照から引き継いだ同級生達はここぞとばかりに団結力を皆の前に見せた。その凄まじい迫力に審査員の先生は勿論、他の生徒達と保護者も気圧された。それは2番で美娜から、3番で崇から引き継いだ時も一緒だった。


全学年、全クラスの発表が終わった後、審査員による評議が行われた。今年はイレギュラーが有り、例年以上に時間が掛かった。また、表彰状を書く担当の書道部員も、今年は枚数が多く、随分手間取っていた。


かなり待たされた後、漸く結果発表が始まった。今年はどうした事か1年の後、3年の分を先に発表した。この瞬間、全員が悟った。これは絶対一波乱有る。その予想は正しかった。2年の分の発表を聞いていると、どのクラスも何かしら賞を貰っていた。その中には“面白かったで賞”をはじめとする、明らかに御情けで与えられた物も少なからず有った。何故かクラス順ではなくランダムに発表された事も皆の思考回路をオーバーヒートさせた。そして、最後に漸く2年A組の番が来た。

「2年A組、先ずはクラス全体に対してです。アイデア賞と敢闘賞、獲得おめでとうございます」

その瞬間、本日最大級の拍手が起こった。クラス代表で明照が舞台上に上がると、待ち構えていた校長はゆっくり表彰状の文面を読み上げた。

「アイデア賞、2年A組。あなた達は、音楽コンクール始まって以来前例の無い、ロシア語の歌曲を選びました。その、素晴らしい発想力を讃え、ここに表彰します。敢闘賞、2年A組。あなた達は、慣れない言語、ロシア語の歌曲を必死で練習してきました。不慣れな事に勇ましくぶつかる、その敢闘精神を讃え、ここに表彰します」

2枚の表彰状を受け取ると、明照は最敬礼を行い、舞台を去ろうとした。その時、井上沙也加のアナウンスが響いた。

「2年A組は、クラス全体だけでなく、個人への特別賞も有ります。根路銘崇君と赤嶺美娜さん、舞台へどうぞ。田中明照君は引き続き待機していて下さい」

呼ばれた褐色カップルと明照は事情が理解出来ずポカンとしていた。何せ個人宛の表彰も前例が無かったのだから。3人が揃った後、校長はまたも表彰状の文面を読み始めた。

「リーダーシップ賞、田中明照君。あなたは2年A組を見事に引っ張り、クラス全体を纏め上げました。その成果を讃えここに表彰します。友情賞、根路銘崇君、赤嶺美娜さん。あなた方は田中明照君の支えとなり、歌の通り、原爆の力でも絶たれぬ友情を以て助け合ってきました。その尊い友情を讃え、ここに表彰します」

誰も全く予想してなかった内容に、3人は思わず視界が霞んだ。最優秀賞こそ他のクラスが獲得したが、最早大した問題ではなかった。表彰状を受け取る際、校長の前で涙を見せるのは流石に良くない気がしたが、本人は態々マイクの電源を切り小声で呟いた。

「構いませんよ。私だって嬉しければそうもなります」

3人は無言で頷いた後、本日最大級の最敬礼をしたのだった。


 後日知ったのだが、3人への個別の特別賞を推薦したのは普段無表情で厳格な事で悪名高い数学の教諭、いぬい義文よしふみだった。授業の後3人で御礼を伝えると、知らぬ存ぜぬの一点張りだった。しかし、顔を逸らした時に窓ガラスに映った顔は普段と違い、恥ずかしさを必死で隠そうとする、中高生の様な顔だった。



 コンクールを終えて家に帰った明照が自分の部屋で目にしたのはクラッカーを鳴らす体制に入った杏果及び小野田寛司・英子夫妻だった。国旗が飛び出す、散らからないタイプのクラッカーが鳴った後最初に祝辞を述べたのは寛司だった。

「おめでとう! 流石は明照君。君を信じて良かった」

「有難う御座います! この表彰状は僕の生涯の宝です」

一度は乾いた筈の涙が再び溢れるのを明照は自覚していた。

「おめでとう。友情と努力が勝利に結び付いたわね」

「有難う御座います…あれ? 何処かで聞いた様な…まぁ良いか」

英子の祝辞に微かに違和感を感じたが、そんな事を考える暇は無かった。杏果は子守熊の様にしがみ付いたと思うと、唇を重ねてきた。2度目ではあったが、全く予測出来ない行動に、明照はドキドキした。

「明照君、おめでとう! これがあたしからの御褒美だよ」

「あ、有難う……。本当に杏果ちゃんは僕が大好きでしょうがないんだね」

しがみ付いて離れない杏果を抱っこしていると、小野田夫妻は或る意味予想通りの事を言い出した。

「将来は必ず明照君と結婚するんだと張り切っていたよ」

「新婚旅行はモスクワに行きたいんですって。最初は子供特有の絵空事かと思ったけど、レーニン廟とか軍事博物館とか、行きたい所が具体的だから、これは本気と見なしたわ」

何かにつけて誰よりも大好きと言う杏果の言葉の重みは予想以上と知り、明照は自分の認識が間違っていたと感じた。

「御両人としては如何なんですか? 僕と結婚したいって話」

「そりゃ勿論大歓迎よ。杏果ちゃんに言われてやった事とは言えあの子の両親と兄と、父方の方のおじいさんおばあさんに御線香を上げたじゃないの。あれ見てよく分かったわ。明照君は人格者」

「私達としては明照君なら何の心配も無いと考えているんだ。生真面目で正直、それでいて親切。何で反対しなきゃならないんだ?」

明照はこの瞬間悟った。外堀も内堀も既に完全に埋まっている。後は両親と祖父母だが、姿が見えない。不安そうにしているのを見て、寛司は口を開いた。

「御家族なら私達の家に居るよ。何せ大人達だけで話さなきゃならない大事な話が有ってね。どちらの家でしても良かったんだが、成り行きで、結局うちでする事になったんだ。そういう訳で明照君、今日は孫娘のことを宜しく御願いします」

何という事だ。互いに泊まりに行ったことは何度も有ったが2人きりは、それこそ前例が無い。まごついていると英子は帰り仕度を始めた。

「食事の手配と、必要な物の用意は既に全部私達がしたわ。掛かった経費は1円単位で正確に教えて頂戴。掛かった分だけ払うから。何か有ったら私達の携帯にどうぞ」

呆然としている間に、2人は居なくなり、杏果だけが残された。車の音が消えたのを確認すると、杏果はゆっくり地に下り、家から持ってきた、幼稚園の体操服に着替え始めた。

「今日は何見せてくれるの?」

半ば開き直った明照は、杏果の出し物を見て平常心を取り戻そうと考えた。

「1人で3つもの表彰状を獲った明照君への御褒美。あたしが年少さんの時にやった御遊戯だよ。タイトルは“おしりの山はエベレスト”」

そう言えば昔何処かで聞いた気がする。そんな事を考えている間、杏果は撮影の用意を始めた。

「明照君、そのカメラは緑のボタンを押すと録画開始で赤いボタンは終了。押したらハンドサインで伝えてね」

「任せといて」

杏果が音源を再生した直後、明照は指示通りボタンを押し、ハンドサインを送った。数秒後、何ともユーモラスな音楽が再生された。以前見せてもらった“良い事悪い子の歌”の時と同様、体全体でダイナミックな表現を披露し、時にはお尻を振ったり叩いたり強調したりする姿を見ながら明照は考えた。今見せている、光り輝く笑顔に至るまでに、杏果ちゃんは一体何十回泣いたんだろう。


撮影が終わった後、杏果は、鑑賞に集中出来なかっただろうからと、もう1度踊ってくれた。明照は今度は余計な事を考えず純粋に楽しんだ。




只、3度目で一緒に踊った時、前と内容は全然違うものの、矢張りお尻を用いた表現のパートでは恥ずかしさの余り、卒倒しそうになった。

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