第肆話 ◇化ケ物の仔◇ 下Ⅱ



ソノ声ヲ聞イタ瞬間、オレハ恐怖ヲ感ジタ



アノ小僧ナンテ比ニナラナイホドノ、トテモ強大ナ恐怖ヲ



マルデ自分ノ命ヲ刈リ取ラレル瞬間ヲ、目ノ前デ、魂ニ焼キ付ケルヨウニ、ソノ痛ミト恐怖ヲ世界ト自分ニ刻ミ込マレルヨウナ、ソンナ恐怖ト悍マシサダッタ




少女ノ前デ、息ヲスル、鼓動ヲスル、生キルコト自体ガ天罰カノヨウニ感ジラレル






アノ少女ハ何者ナンダ





今マデ見テキタドノヒトヨリモ美シク、紛ウコトナキヒトノ香リヲ世界中ノ誰ヨリモ強ク匂ワセテイタ





タダアノ少女ハ、ソコニ存在スルダケデソノ場ノ、世界ノ神ニ成ッテイルヨウダッタ






化ケ物ダ





化ケ物ナンダ





コノ世界ワ喰イ潰ス化ケ物ダ







「ねぇ、」




少女ガソノ美シイ唇デ言葉ヲ紡グ



ソレハ対象ヲ言ッテイナイノニ、自ズト分ル


イヤ、少女ノ言葉ヲ聞イタ全テノモノガ分ルダロウ




少女ハタダ喋ッテイル




「お名前、鏡夜でしょ」




ソレハヤツノ名カ



少女ガ語ラナクテモ、少女ガ何ヲ言イタイカ、何ヲ求メテイルカ



全テ分カッテクル




少女ハ――――――――





   ☆★☆





刑部はいいな



奴はとてもいい感情を出す



やはりヒトと似たソレを感じている




そう考えながらも、刑部を攻撃する手を止めない




刑部はあまりにヒトと関わりすぎたのだろう



思考が少しヒトによっている



それが生まれてからの環境のせいか、生まれる前のハナシのせいかは知らんが、とてもいい



化け物の感情と人の感情を同時に味わえたんだ




自分でも黒い笑顔をしていると解る




刑部の強い恐怖と怒りの感情、とてもいい




しかしその素晴らしい感情も、もう少しで終わりそうだ




刑部が動かなくなった




「そうか、もう終わりなのか。残念だ、もっと楽しみたかったのに」




もう申し訳程度に体が残っているくらいの刑部には大したことは出来んだろう



おお、怒っているなあ



ほお、俺に攻撃を仕掛けるか



まあよい、どうせ大事にはなるまい




予想通り、刑部は变化をしただけだった



少し拍子抜けしたのは、やつの变化の精度はいいのに攻撃力がさほどなかった点だ



いや、奴は強力とはいえまだ若い怪異だ



生まれてから千年も経っていない



ただ戦略を立てる力が養われていないだけだろう




手っ取り早く終わらそうと、刑部が攻撃に使用した魂全てを引き千切ってやる



まだ若い怪異だ、すぐに魂は元の噂に宿った言霊に戻って消滅するだろう




刑部は魂の引き千切られた痛みでのたうち回る




実にいい感情だ




刑部は死ぬまで攻撃をやめないつもりで、辛うじて残っていた尾で攻撃してくる



俺はそれを全て受け流した



弱きものには難しいが、慣れれば下手に攻撃を消すよりも簡単で楽だ




もうすぐ攻撃のために体と魂全てを失うところで、俺は刑部にとどめを刺すことにした




俺が刑部を殺そうと腕を振り上げた瞬間、アイツはやって来た





一人の少女





いや、少女とも呼べない




アイツは完全にヒトという枠を飛び越えている




いや、飛び越えているのではない




潜っているんだ






少女は世界の誰よりもヒトだった






「あら、可愛い子狸ちゃんじゃない」





少女は言った




言った、ただそれだけだった




少女は



ただ、言葉を口にしただけだった




その言葉には、誰が喋るよりも言霊に力が入っていなかった



最早言霊すら宿っていなかった






化け物






とっさに考えたことはそれだけだった



この少女は、誰よりも化け物らしいヒトだ





いつか聞いた言葉を思い出す



『神は善を持って善をなし、


 天使は善をもって悪をなし、


 悪魔は悪を持って善をなし、


 ヒトは悪を持って悪をなす。』




その言葉がすべてを表していた




少女は化け物の中の化け物だ



化け物の申し子



それこそが少女だった





「ねえ、」





少女は言う




少女は何も意味を込めて言葉を喋らなかった



いや、意味なんて生易しいものなんて込めていなかった






少女は言葉に、運命を乗せていた






言葉に運命を乗せて喋る



だから、全ては少女の思い描くストーリー通りに、


描くまでもなく、少女が好ましいと思うストーリーへ全てを導いていた



だから少女が何も言わなくても、言わんとしていることは全て分かったし、全てがそのように動いた


俺の思考も、草木の営みも、雲の移り変わりも、この場にある全ての命のあり方も、そう考える俺の思考も





「お名前、鏡夜でしょう」





全てが彼女の好ましいと思う方向へ





「遊びましょうね」





理不尽なまでに、少女の言葉の意味が解る




少女の望み通り、俺は行部を殺そうと振り上げたままの手をゆっくりと下ろして歩き出した少女のあとに続く



刑部はついてこない



刑部から引き千切った魂の切れ端と言えないほどの量の魂を、刑部の名を呼ぶことで返してやる






全てのものが、少女の好むように進んでいった

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