第弐話 ◇化ケ物の仔◇ 中

案外、依頼は簡単に終わりそうだ。



事件現場に行けば、一発でその原因となる怪異、もとい妖怪の正体がわかった。


この事件を起こした妖怪は――――




☆★☆



隠神刑部狸いぬがみぎょうぶだぬき

四国で最強の神通力を持ち、松山城主より刑部の位を受けた化け狸。

簡単に隠神刑部とも呼ばれ、江戸末期に講談師によって作られた創作上の妖怪である。

多くの化け狸を従え、その異形の興味深さ、リアリティにより全国へとその名を轟かせた刑部は、もはや架空の枠をも超え、多くの作品に登場するようになった。


そしてより多くの人々によってその名、いわばその言霊に力が込められた。


その存在が作られ始めたのは江戸末期。

この時代は、妖怪を多くの人々が信じ、恐れることで質のよく量もある言霊たちが集まり、一匹の化け狸を作った。

しかし、その化け狸は生まれたばかりでまだ力もさほどなく、その年の割には強い程度の化け狸だった。


それが急激に力をつけたのが、明治から太正にかけての間だ。


刑部の名は外国にまで広まり、多くの空想を産んだ。


そしてその狸は昭和までにとてつもない力をつけていた。

それもはじめに登場する物語の中と変わらぬほどに。


その刑部の存在に気づいた霊力者たちは、よってたかって金持ちたちにこの情報を売りさばいた。



そしてその刑部の力に目をつけたのが、この龍院家の当時の当主だったのだろう。



刑部の約束事を重んじる性格を利用し、制約によってこの一族の守護者とさせたのだろう。



もともと妖怪は損得勘定だけで動く。


そんな妖怪たちにとって金とは、一番わかり易い存在だ。



龍院家は随分前から続く富豪。



いくらかの金と尊重心を見せ、刑部と確固な誓約を交わしたのだろう。




だからこそ、破られたときの報復も重かったのだろうな。




   ☆★☆




現場は龍院家の山口にある別荘の壮大な敷地を誇る庭園の奥、ほぼ山に面した森の中でだった。


現場に残されたのは被害者の骨と臓物と皮の欠片。そしておびただしい量の血だけだ。



映るのは。




しかし俺の目には見えていた。


大量の狸の足跡と毛が。




狸の足跡は溢れんばかりにそこかしこに落ちていて、しかもみんな森から出てき、帰っている。


この地域に住んでる化け狸といえば限られている。しかもこんな大量の狸が争いもせずにいることができるのも。


化け狸は基本縄張り意識が強く、群れることもめったに無い。それに、この地域にいるという情報も耳にしたことがない。



こんな大量の化け狸を従えられる存在は、必然的に刑部のみとなる。



そこからは簡単だった。



あの大量の足跡を追えばすぐに刑部のねぐらへとたどり着ける。



森の奥へ行けば行くほど、臭いくらいに刑部のマーキングも臭ってくる。



大量の化け狸たちも、俺が近づくたびに逃げていくのも感じる。





そして一番マーキングの臭う大岩の元へ来れば、すぐに見つけた。


岩の中で眠る刑部を。






   ☆★☆





オレガ寝テイルト、ヤツガヤッテ来タ。



奴ハトンデモナイ気ヲ纏ッテイタ。


恐ロシイ山ノ神ノ気ヲ僅カナガラニモ纏イ、ソレデイテアノ臆病者ノ気モ纏ッテイタ恐ロシイ化ケ物。


ソシテ、信ジガタイコトニ彼ノ闇ノ神ヲモ従エテイタ。



ソノ化ケ物ハオレニ近ヅクダケデモ、子供タチヲ怖ガラセテイタ。




ソシテソイツハ、オレヲ見ツケタ瞬間カラ、オレヲ殺ソウトシテキタ。



恐ロシイコトニ、奴ハ彼ノ神ノ力ヲ使ワズニ、楽シムカノヨウニオレヲ攻撃シテキタ。



マルデ遊ブカノヨウニ、オレガ痛ム様ヲ見ナガラ、笑ッテイタ。



ダカラオレハ奴ヲ全力デ殺ソウトシタ。




奴ニ攻撃ヲ仕掛ケルタビニ、遥カ遠イ、アル筈ノナカッタ記憶ガ蘇ッテ来ル。




アノ時、殺サレハシナカッタガ、岩ニ封ジラレタアノ記憶ガ…




奴ガ何カヲ叫ビナガラ笑ッタ時、オレハトテツモナイ恐怖ヲ感ジタ



初ガオレヲ殺ソウト腕ヲ振リ下ロスタビニ、周リニイタ我ガ子達ガ死ンデイク



トンデモナイ怒リノ感情ガ、体ノ奥底カラ吹キ出シテクル



ソレデモオレノ体ハ、ソレ以上ニ強大ナ恐怖ニ支配サレテイタ



否、怒レバ怒ルホドニ、恐怖ハ増シテイッタ



オレハ死ニモノグルイデ逃ゲタ。







死ニタクナインダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

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