光と影
病院に駆けつけると、見慣れたフェラーリを見つけて、坂月の気分が暗くなる。
身が竦む程緊張していた。
諒と会うのは解任決議以来だ。
―果たして行くのは正しいのか。
今更のこのこと行って、諒に罵られ、殴られてもおかしくはない。
病室の前で、一瞬迷い、立ち止まったが。
すっと深く息を吸い込んでから、躊躇いがちにノックした。
直ぐに返事がして、坂月はドアを開ける。
「失礼致します―」
集中治療室ばりの設備が出迎え、以前より大分細くなった巌がベッドに寝かされたまま、目だけで坂月を捉えていた。
痩せ型長身で、初老の巌は、長いこと眠っていたせいか、自発呼吸が難しいようで、呼吸器にそれを補ってもらっている。
そして。
「よぉ…」
その傍らに座る、諒が振り返った。
その二人の光景に。
胸が強く痛んだ。
「どうして―言わなかったんですか。」
病室を後にし、駐車場へ向かう際。
坂月は前を歩く諒を呼び止める。
「何を?」
惚けた答えに、苛立ちが増した。
短時間しか許されなかった面会で、てっきり巌に報告するものと思っていた自分の背信行為を、諒は一切話題にしなかった。
「ふざけないでくださ…」
「お前こそ―」
振り返った諒と目が合って、言葉に詰まる。
「言ってやれば良かったのに。そしたら止めが刺せたろ。」
「っ、何を―」
「とにかく、今は、こっちの問題は後回しだ。」
―後回し?
窮地に立たされているのはそっちだというのに。
自然と坂月の眉間に皺が寄った。
「楓」
「!?」
久しぶりに下の名前で呼ばれて、坂月は目を剥く。
いつも、自分とお前とは違うんだと言われているようだったのに。
「あと一回だけ、力を貸してくれねぇ?」
唐突な要求に、眉間に皺が寄る。
「どういう意味ですか?」
「俺はさ、あいつの奪われたもんだけは、奪い返してやりたいんだ。」
夕陽を背中に受けて、諒は坂月に言った。
「その地位は、その為だけに必要だっただけなんだ。」
コートが風に棚引く。
「何が言いたい―」
眩しくて思わず目を細めた先。
「秋元家が持ち株を譲らない理由がわかるか?」
「―え?」
坂月の心臓がドクンと鳴った。
同族経営の石垣の株はほとんどを、経営陣と親戚が有しているのだが、どういう訳かその一部が秋元家に流れていた。
秋元家と聞いて、何も思わなかったと言えば嘘になる。
「沙耶が絡んでるからだ。あいつ、、どうも取引したらしい。」
「!」
―やっぱり。。そうか…
「あいつが俺達の為にどれだけの犠牲を払ったか、お前ならわかるよな?」
諒の全てを悟りきったかのような物言いに、坂月ははっとする。
「まさか…」
―全部知って―?
「シンデレラに守られる王子なんか格好悪くてやってられっかよ。」
言いながらにやりと諒は笑った。
「秋元財閥に敵対的買収を仕掛けるのに、お前の力を借りたい。」
諒の自信に満ちた表情を見ながら、坂月は思い出していた。
「秋元家の腐りきった内部を叩きのめしたら―」
この世界に、敵わないと思う人間が。
「お前に全部くれてやる。」
沙耶の他に、もう一人居たこと。
この二人と居ると。
自分が必死になって掴んでいた物が、ちっぽけに思えてくる。
どう足掻いたって自分じゃ勝てないな、と思い知らされる。
「ふっ…」
呆れにも、諦めにも取れる感情が、笑いとなって零れ落ちた。
「何笑ってんだよ。」
諒がむっとした顔で言うので、坂月は首を小さく横に振った。
「どうやら、立ち止まれたみたいなので。」
橙に染まった流れる雲を見上げて。
光と影の織り成すコントラストの意味は何なのかといつも考えていたな、と思った。
最初は主張し合った挙句、打ち消し合っているのかと結論付けていた。
だが。
「違うのかもな…」
自分だけに聞こえる声で呟く。
本当は。
どちらの存在も、互いに依存しあって生きているということなのだろうか。
例えば、諒と自分も同じように。
今は、その答えで正解のような気がした。
それでいい、と思えた。
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