17 赤鬼のアルベルト

「この人はアルベルトさん。近衛隊の将校だった方よ」


 広間の丸机に座らされた俺は、ヴィオレーヌからそう、大男を紹介された。なんでも、かつて都にいた彼は、ヴィオレーヌの幼いころを知っているらしい。そんな彼がなぜこんな山にこもって山賊をしているか、その話をヴィオレーヌはきいていたのだそうな。


 アルベルトの話とはこういうものだった。


   * * *


 俺は元は近衛隊の将校だった。上役の司令官が汚職をしていやがって、ある日、それを宰相に訴えようとしたのさ。しかし、それがその上役に発覚して、自分の方が追放されてしまったんだ。


 北方のこの湖水地方に島流しになった俺だが、助けてくれるやつらがいた。俺の部下たちだ。俺の後を追って職を辞した、二十名もの元近衛兵。彼らは俺の護送隊を襲って、俺を救いだしてくれたんだ。しかし、都に帰ることはできなかった。このまま都に帰れば、また捕らえられてしまうであろうことは明白だったから。


 行き場をなくした俺たちはこの山にこもった。そしてある日、例の上役への賄賂の輸送隊がこの近くを通るという情報を入手し、そいつを襲ってやった。どうやらそのせいで、山賊と認識されるようになっちまったみたいだな。


 しかし俺はこのまま山籠もりを続けようとは思っていなかった。もう一度都に戻って、あの上官の不正を今度こそ暴き、名誉を回復したい。その仲介をモルガンに頼もうと考え、城を訪ねようとしたのだが……。どうやら俺たちは完全に山賊と思われているらしい。話をきいてもらうどころか、たっぷり弓矢をくらったよ。


   * * *


「モルガンとは旧知の仲なのだが、あいつめ、まったく聞く耳もたなかった。今回アニエス嬢をさらったのは腹いせさ」


 話し終わった山賊棟梁は、腕を組んで憤慨したように鼻から荒い息を吐いた。そんな彼をなだめたのはヴィオレーヌだ。


「いけません。それでは両者の関係がこじれるばかりです。本当の戦争になってしまいますよ。ここは私が間を取り持ちますから、どうか村を襲わないで」


 こんなおっかない風貌の大男相手に彼女は臆する様子も見せない。まったく大したものだと思う。こんな光景を眺めていると、彼女の姿が国を意のままに操るあの堂々たる悪役令嬢にみえてくる。

 俺は思い出す。そう、ゲームでも、こんな場面が何度かあった。彼女が部下たちをたしなめたり導いたりする場面だ。その中には、この大男の姿もあった。


 アルベルト。その名前にはききおぼえがあった。そう。将来ヴィオレーヌの親衛隊隊長になる男だ。紅い軍服は近衛隊のそれだったか。ぼさぼさの髪と伸び放題の髭のせいでわからなかった。ゲームの中では短髪だったし、髭も整えてあったから。


「やあ。あなたがあの、アルベルトさんでしたか。失踪したという噂はきいていましたが。いや。こんなところでお会いできるとは。光栄です」


 ジセンの奴が珍しく目を輝かせて握手を求めている。野郎。何もなかったような顔をしてるが、俺を見捨てようとしたことは忘れんぞ。

 それはそうと、俺はジセンの肘をつついて説明を求める。


「有名な人なのか」

「勿論。君は知らぬのかね。赤鬼と呼ばれ周辺国を恐れさせている猛将だよ」

「そうだったのですね。何分遠い国から流れてきたものですから。失礼しました」

「気にすることはないよ。それにしても、君もなかなかやるな。急所に当たっていたらやばかったよ」


 アルベルトさんは、戦闘時とは打って変わって、ニコニコしながら親しげに俺に話しかけてくれた。今にも肩を組みでもしそうな勢いで。どうやら、味方には優しい人のようだ。


「普通の人なら、急所に当てていました。あなたの気迫が、そうさせなかったのです」


 お世辞ではなく、恐縮しながら俺は答える。そして、彼の額にできたたんこぶをチラリと覗き見ながら、もう一度頭を下げる。


「ほんとに、すみませんでした」


 いいんだ、と手を前に出してなだめるジェスチャーをするアルベルトさんの横で、腕を組んだヴィオレーヌはフンとあきれるように吐息をついた。


「まったく。そそっかしいんだから」

「そう言うなよ。俺はお前が襲われていると思って、たすけようとしたんだぞ」

「そ、それは……。褒めて、あげるわよ……」


 ちょっと頬を赤らめたヴィオレーヌは語気を弱める。毛先をいじりながら、あさっての方向に視線を流して黙り込んだ。なんだ、照れてるのか。素直じゃない奴。そんなことを考えながら次の言葉を待っていると、彼女にかわって、アルベルトさんが説明してくれた。


「これを、見てもらおうとしていたんだ。そしたら、手が滑ったのか、彼女が地面に落としてしまって……。君がきいた悲鳴はその時のものだろう。それを拾おうとして、自分も手伝おうとしたところに、君たちが飛び込んできたというわけだ」


 そして彼は、俺とヴィオレーヌの前に葉書ほどの大きさのパネルを差し出してくれた。その中には、絵が一枚、入っている。三人の人物が描かれた絵。勲章のたくさんついた軍服を着た老人が中央の椅子に座っていて、その背後には、彼を挟むように若い男の人と女の人の姿がある。夫婦だろうか。女の人は赤ん坊を抱いている。男の人の顔には見覚えがあった。


「これは、自分がお仕えしていた、ポンデュピエリー家の人々です。真ん中のご老人は前宰相。そして……」


 そのとき俺は思い出した。ミシェルさんだ。この若い男の人はミシェルさんによく似ている。そして、女の人の頭についている髪留めは、ヴィオレーヌがつけているものとそっくりだ。まさか……。

 俺があることに思い至った時、それを察知したかのようにアルベルトさんが言葉を発した。


「その男の人は前宰相のご子息です、名前はミシェル様。ミシェル・ド・ポンデュピエリー様。女の人は彼の奥様。その髪留めに刻まれている桔梗の紋章は……」


 そして彼はヴィオレーヌの髪にさされている髪留めに視線を向けて言った。


「その紋章は、ポンデュピエリー家のものです」



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