16 山賊との対決
ヴィオレーヌがいるはずの広間の入り口は、二人の兵が槍を持って守っていた。
俺たちが通ろうとすると、彼らは槍を交差させて行方を阻む。
「ここから先は、通すわけにはいかん。おとなしく部屋で待っておれ」
「そうはいくか。あの悲鳴はなんだ。ヴィオレーヌに何をした」
兵士たちは答えようとしない。話をするつもりもないようだ。しかし俺だって、簡単に引き下がるわけにはいかない。
俺は後ずさって彼らと距離を取りながら、傍らのジセンにささやきかける。
「お前、近接攻撃は得意か」
「無論。柔術とボクシングの心得がある」
「それは心強い。俺は遠距離専門だ。これからあいつらをひるませるから、とどめを刺してくれ」
そして、ポケットに手を入れた。
固く小さな塊が指に触れる。その何粒かを握った俺は、ポケットから手を引き抜くと同時に、その一粒を親指で弾いて飛ばした。
兵のひとりが頬を抑えてうずくまる。それを見て驚いたもうひとりがこちらに槍を向ける。しかしその瞬間、彼も槍を取り落とし、眉間に手をあてて膝をつく。そこにジセンが突撃していって、彼らにとどめの突きを入れ、気絶させた。
「うまくいったな。君、何をした」
立ち上がって手をはらいながらこちらを向いたジセンに、俺は鼻をひとつ鳴らしてから握っていた手を開いてみせた。
「小豆?」
「ああ。こいつを親指で弾いて飛ばした」
「指弾か」
俺は鷹揚にうなずいてやる。そう。指弾。俺のもう一つの特技だ。
子供のころからこれで虫を打ち落としたりして遊んでいた。人間に使うのは初めてだが、効果はあったようでよかった。
それはそうと、問題なのはヴィオレーヌ。この扉の向こうで何が起きたのか。ことと次第によっては、山賊の棟梁と戦わなければならない。俺は足もとに転がっている石ころの中からめぼしいものをいくつか拾い上げる。扉に手をかけようとして、ふと傍らのジセンを横目で見やって訊ねた。
「ところで、お前、武器は使わないのか。念のためそこに転がっている槍を……」
「ふん。吾輩は、そんな野蛮な武器は使わん」
「じゃあ、何を使うんだ。山賊の棟梁を相手にするかもしれないんだぞ。まさか素手でやろうなんて言うんじゃないだろうな」
「安心したまえ。吾輩にはこれがある」
そう言うと、彼は腰に手をあてて何かを引っ張る仕草をした。それはベルトを抜いているように見えた。しかし、彼が本来ベルトの巻かれているはずのそこから抜き出したのは、ベルトではなかった。ベルトよりも長くて、弾力性もある。黒い蛇のようにも見えるそれは……。
「鞭だよ」
そう説明して、彼はニヤリと口をゆがめて舌なめずりをした。
「そ、そうか。頼もしいな。じゃあいくか」
何だかジセンらしいなと思う。鞭は立派な道具だが、こいつが持っていると何だか変なプレイに使っていそうに見える。
ちょっと変態っぽくて、お前に似合っているぜ!
悪口を笑みで隠して、ジセンに目配せし、俺は扉を開けた。
〇
広間に入ってまず視界に入ったのは、緋の敷物の上に跪いているヴィオレーヌ。そして、彼女の身体に今にも覆いかぶさろうとしている大男の姿だった。
山賊の野郎め。やはり、ヴィオレーヌを襲っていたんだ。待ってろよヴィオレーヌ。俺たちが今助けてやるからな。
「山賊め。狼藉はそこまでだ。これでもくらえ」
精一杯怒鳴りつけたつもりだが、出た声はかすれていたうえに、震えてしまった。これじゃあ、ビビっているの丸出しだ。しかし俺はそれにかまう余裕もなく石を大男の頬めがけて投げつけた。
足も手も震えていたせいで、狙いが少し外れた。奴の太い肩に当たった石が力なく跳ねる。こちらに気がついた山賊棟梁が、立ち上がって俺をにらみつけた。ぼさぼさの髪と、熊のような髭に覆われた、さながら鬼のような形相。身長は二メートル近くはあるだろうか。身につけている紅い軍服に見覚えがあるような気がしたが、それを思い出している暇は俺にはなかった。
「何をするんだお前ら!」
声も俺とは違って大迫力だ。獣の咆哮のような怒鳴り声に俺の身体は震えあがる。頭の先から背中へと電流のようなものが流れて、力が抜けそうになる。さらに追い打ちをかけるように、山賊棟梁は俺に向かってずかずかと駆け寄ってきた。
やばい。殺される。
俺は情けなくも奴に背を向けて逃げ出す。こんな俺を嘲るなかれ。誰だって怖いわ、こんなやつ。それにしてもジセンの奴は何をしているんだ。本来俺は援護役だぞ。はやくその自慢の鞭で戦えよ。
逃げながら視線をめぐらすと、ジセンの野郎はヴィオレーヌの傍にいた。彼女を背にかばって鞭を構えている。ヴィオレーヌを守るという目的を考えれば、確かに正しい行動のようにも思えるが、なんか腹が立つ。あの野郎、俺を囮にする気かよ。
ジセンの援護を期待できぬと悟った俺は、逃げながら夢中になって奴に石を投げつけた。狙いを定める余裕もなく、ただめくらめっぽうに。意地とやけくそな気持ちに突き動かされて。
「やめなさい!」
思わぬ方向から声が飛んできたのは、石を使い果たして、指弾に切り替えようとポケットに手を入れたときだった。
「あなた。何やっているの!」
それはヴィオレーヌの声だった。立ち止まって手をとめ、呆けた顔で振り向いた俺に、彼女はつかつかと歩み寄ってきた。その鋭い目はいつもよりつりあがっていて、怒っているのが一目でわかる。そして俺の前で立ち止まると、頬をはたくような勢いで俺に言った。
「あなたの勘違いよ。はやくこの人に謝って」
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