15 山賊の根城

「金を渡せだと。どういうことだ」

「どういうこと」


 突然目の前に姿を現して俺たちを驚かせた挙句、金をよこせなどとほざいたジセンに、俺とヴィオレーヌは同時にそう訊ねた。

 状況が呑み込めない。こいつは、山賊の仲間だったのか。山賊を手引きしてアニエスをさらい、首飾りを奪ったうえで身代金も手にする。考えられないことではない。そうだとすると、ここで金を渡さなければならない。しかし、もし違ったら、ただ大金を獲られるだけで、アニエスを救う術がなくなる。


 奴の顔をにらみながら、俺は一歩二歩と後ずさる。右手をポケットに入れながら。

 今日はスタンガンもフラッシュライトも持ってきてはいない。もし山賊に身体検査なんかされて奪われたら困るからだ。そのかわり、もしもの時のため、別のあるものを道具屋から拝借してポケットに忍ばせてある。何の変哲もない日常用品だが、俺が持てば武器になる、投石以外の俺の特技のためのあるものだ。


 しかし、俺のその技がここで発揮されることはなかった。その寸前にヴィオレーヌが俺と彼の間に割って入ったのだ。彼女の白くて細い指が、俺を抑えようとした勢いで俺の手形のついた頬にささる。それにはかまわず彼女は俺を片手で制したまま、ジセンの顔を見上げた。


「あなた。山賊の仲間だったの?」


 実にストレートにそう訊ねた。俺がなかなか口から出せなかったその素直な質問に、ジセンもあっけないほど素直に答える。


「いや。違うよ。君たちのせいで昨日結局首飾りを取り損ねてしまった。だから、せめて金をいただこうと思ってね。それは、モルガンの金だろう?」

「ええ。そうよ。でも、このお金がないと、私たち、困るの」


 ジセンは瞬きをして、問うように首をかしげる。本当に山賊とは関係ないのか。それならそれでやはり腹が立つ。呑気な奴め。お前のせいで俺たちは大変な目に遭っているんだぞ。

 また頭に血が上りそうになっている俺に反し、ヴィオレーヌはいたって冷静だ。鳩みたいな顔をしているジセンに、自分たちが金をもってここにいる事情をひとつひとつ説明した。アニエスがさらわれたこと。そのアニエスを返してもらうために十万フルーレをはらわねばならないこと。その身代金とアニエスの交換場所がここであること……。


「だから、今、あなたにこのお金をあげることはできない。アニエスを救うお金だもの。あなたも、このお金を奪うことはできないはず。紳士だものね。それより……」


 ヴィオレーヌが一呼吸おいて、ちょっと顔を伏せた。前髪が垂れて目の表情が隠れる。その下にのぞく口の端がつりあがっている。ああ。これは彼女が何か企んでいるときの表情だ。


「それより、あなたも手伝ってよ。お金は、今は渡せないけど、アニエスが戻ってから好きなようにすればいい」


 そして彼女はもう一度ジセンを見上げてにっこりとほほ笑んだ。でも、目が全然笑っていない。なんか怖い。

 ジセンも危険を察知したのだろうか。ひきつった笑みを顔に貼り付けたまま、一歩後ずさる。そのとき、周囲の草々がざわめいて、茂みから人影が躍り出た。昨日草原を襲った山賊と同じように胸当てをつけ兜をかぶった兵士。矢をつがえてこちらを狙っている。前にも右にも、左にも、そして後ろにも。敵の数はおよそ五人。気がつけば俺たちは弓を構えた山賊に囲まれていた。


 そのうちの一人が前に進み出て言った。


「どうやら、ちゃんとお前たちだけのようだな。よし。金を引き渡してもらおう」


 隊長と思しきその男の前に立ったのは、ヴィオレーヌだ。


「アニエスは。アニエスは、どこ?」

「あの娘はここにはいない」

「じゃあ。お金を渡すことはできないわ。アニエスと引き換えよ」

「金が先だ。娘は後で、村に連れてこよう」

「そんな話、信じられないわ」


 気丈に山賊に食い下がるヴィオレーヌ。頬に傷のある相手の隊長は、歴戦のつわもののように見える。そんな相手に対しても一歩も引かない。まったく大したもんだ。俺なんか、さっきから足が小鹿のように震えている。立っているのがやっとだ。


「しつこいぞ、小娘」


 隊長がヴィオレーヌに顔を近づけて凄んでみせる。俺はまた、ポケットに手を忍ばせる。ジセンもさすがに身構える。俺たちを囲んでいる兵たちも、矢を構えなおす。

 一触即発のその場を収めたのは、意外にも今にもヴィオレーヌにつかみかかりそうな隊長の言葉だった。


「待て。皆の者。弓を下ろせ」


 そしてヴィオレーヌの顔を再びのぞき込む。彼女が差している髪留めを指さした彼は、さっきよりは優しい声で、彼女に問うた。


「その髪留めは、君のものか」

「ええ。お母さんから、もらったものよ」


 ヴィオレーヌの答えにしばらく考え込んでいた隊長は、やがて一つうなずくと、姿勢を正して口調を改めた。


「あなたを、我が山塞にお連れします」

「捕虜として?」

「いいえ。客人として」

「いいわ。でも、この二人と一緒よ。彼らは、私の家来だから」


 隊長は俺とジセンを疑うように数秒見つめてからうなずいた。


「わかりました。家来の方々と一緒に」


     〇


 いかにも穴倉といった感じの、冷たく薄暗い部屋。壁とは呼べないような岩肌に、ふたつの影が揺れている。ぼろい木の机の上にのっているのはろうそくひとつ。その小さな火を囲んで俺とジセンは黙然と額を突き合わせていた。


 ブルジヨン村西部にそびえる山の中腹の岩石地帯。そこにうがたれた洞穴のひとつに、山賊のアジトはあった。

 五人の山賊によってここまで連れてこられた俺たちは、アリの巣のようになっている洞窟に創られた部屋のひとつに通され、そこで待機させられている。ヴィオレーヌだけは山賊の棟梁が話があるというので、この部屋にはいない。


 落ち着かないし、他に相手もいないので、俺は仕方なくジセンに話しかけてやる。


「おい。ヴィオレーヌは、大丈夫かな」

「分からない。でも、あの隊長の態度を見る限り、危害を加えることはなさそうだが」

「あいつ。ヴィオレーヌの髪留めを見て態度を変えたが、どういうことだ」


 しかしジセンの野郎は俺の問いを無視して、顎をつまんで考え込みはじめる。

「うーむ。吾輩の勘違いだと思っていたのだが……。やはり、そうだったのか……」

「おい。無視をするな」

「君は知らんのかね。あの娘の母上の形見の小箱に刻まれていた紋章。そして、彼女の髪留めにもあった紋章。あれは……」


 そのとき、部屋の外から悲鳴が聞こえた。女の悲鳴だ。

 俺たちは、反射的に椅子を蹴倒して立ち上がり、部屋から飛び出す。


「ヴィオレーヌか」

「わからん」

「とにかく行くぞ」

「うむ」


 部屋の外でひとりだけ茫然と突っ立っていた敵兵をはねのけた俺たちは、通路を一目散に駆けて行った。

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