5 家来になりなさい②
「な、何だって」
「家来になれ。と、言ったのよ」
あまりのことに俺は反論を試みる。恩人とはいえ相手はヴィオレーヌ。このゲームの世界では倒すべき相手だ。家来だなんてとんでもない。
しかし俺が言葉を吐き出す前に、片手を突き出してそれを制したヴィオレーヌが機関銃のごとくしゃべりはじめた。
「あなたは断れないわよ。断れないって、私にはわかる。だって昨日、その時間は十分あったはずなのに村から出ていかず、他の家にもいかなかった。いけなかったのよね。あなたきっと外国人でしょ。しかも誰も探しに来ないところをみると、見捨てられた外国人。そして、どうやらこの国の地理も風習もよくわからない。つまり、私の家だけが唯一の拠り所ということ。私が面倒見なければ、あなたは野垂れ死によ」
「で、でもいいのか。俺はどこの馬の骨とも知れん怪しい奴だぞ。そんな奴を傍において、危ないとは思わんのか」
「それも大丈夫。あなたは私を襲ったりしない。あなた最初私を見ていきなり逃げ出したよね。どういうわけかはわからないけど、あなたは私のことが相当苦手。私を襲う勇気なんかないんでしょ。それに万が一そんなことしても、そのあとどうするの? あなたに逃げ場はないというのに」
俺はなおも食い下がろうとして、しかし言葉を詰まらせる。ヴィオレーヌの言うとおりだ。彼女に従う以外の選択肢が、今の俺にはない。
何も言い返せず「む。うぐぐ」などとうめくほかない俺を、ヴィオレーヌは得意げに口の端をゆがめて見つめている。この勝ち誇ったいやらしい笑顔。憎たらしい。まだ17歳だけど、やっぱりこいつはヴィオレーヌだ。
「わ、わかった。家臣になってやる。しかし大丈夫か。ヴィオレーヌさんの家には、俺を雇う金があるのかな」
最後の気力を振り絞った俺の皮肉を、ヴィオレーヌは涼しい笑みでかわした。
「それも心配しないで。あなたが私のために働く限り、なんとか養ってあげるつもりだから」
まあ、こうなったらしょうがないか。それに、考えようによってはこれは悪くない話かもしれない。家来のふりをするだけで、一応住むところと食べ物は保証されるのだし。何より、ヴィオレーヌと一緒にいれば、いつかは必ずクラリスに出会える。つまり、元の世界に戻るためにも、彼女の言うとおりにしている方が都合がいい。
「よし。わかった。それでは、この俺、タケルはこれからヴィオレーヌに仕える」
俺はその場に片膝をついて、ヴィオレーヌに誓った。まあ、あまり深刻にはとらえまい。どうして彼女が家来がほしいのかわからないけど、とりあえず後ろについて歩いていればいいんだろう。
「ヴィオレーヌ。様。よ」
彼女はそう、ダメ出しをしてから満足そうにうなずいて、また小路を歩きはじめた。
〇
しばらく小路を進み、二三回分かれ道を曲がると、崖に囲まれた小さな草原に出た。草原の真ん中にはこぶだらけの大きな木がたたずみ、その奥で小さな泉が陽光の白いきらめきを散らしていた。
草原に踏み込むなり、ヴィオレーヌは身構えて目の前の大木を指さした。
「さあ、我が家臣タケルよ。最初の任務です。あのモンスターたちを倒すのよ」
「モンスター?」
ヴィオレーヌの指し示す方をよくよく見ると、いくつかの飛行物体が見える。
蜂みたいな生物だ。いや。蜂よりはずいぶん大きい。メロンぐらいの大きさはある。
「ちょっと待て。あれを倒せっていうのか。この俺に」
「あんた家来になったんでしょ。ご主人様の命令よ。とっとと倒しなさい」
そう言われても、どうしてそんなことしなければならないんだ。それに、数はどれくらいいるんだろう。まさか、毒なんて持ってないよな。
そんなことをグチグチと考えながら、俺は恐る恐る足を踏み出した。
おもむろにジャケットの裏側に手を忍ばせる。今こそ、用もなく携帯し続けたこの護身用具たちの出番だ。
しかし俺はあることにはたと気づいて、手をスタンガンから離す。
まてよ。この世界には、電池なんかないよな。だとすると、いまここでこれを使うのはまずい。いたずらに電池を消費して、もっと差し迫った時に使えなくなっていたら困る。
俺はしゃがみ込んで足もとに落ちていた木の棒を手に取る。しょうがない。これで何とかするか。
そしてそれを振り回しながら、飛行生物の群れの中へと突っ込んでいった。
走りながら俺は奴らの数を数える。1、2、3……6匹いる。巣はどこにあるかわからないが、とりあえずあいつらを倒して様子を見るほかない。
直近の1匹に棒を思いっきり振り下ろす。しかし蜂は柳に風と身をかわし、攻撃の届かぬ高さへと飛んで行ってしまう。ダメだこりゃ。攻撃が当たる気がしない。
「気をつけて。そのダイオウバチは、毒をもっているから」
それをはやく言ってくれ。
俺は慌てて後ろに飛びのき、抗議の視線をヴィオレーヌに向ける。小娘め。さっきの位置にいないと思ったら、はるか後方の木陰から、顔半分だけ出してこちらをうかがってやがる。
俺は後ずさりながら、後方のヴィオレーヌに話しかける。こんなところで意味も分からず命をかけさせられてたまるか。
「なあ、一ついいか。どうして、こんなことをしなけりゃならない。こんな危険なことをする理由を教えてくれ」
「その池のほとりに、高価な薬草が群生してるの。だけど、そのハチが邪魔で今まで近寄れなくて。それが取れれば、大儲けできるわ。できなければ、残念だけどあなたを食べさせていけない」
つまり、俺は野垂れ死にというわけか。ならば、頑張るしかない。
……よし。
俺は木の棒を捨てた。
「ヴィオレーヌ。頼みがある。石を集めてくれ。手のひらに収まるくらいの、投げやすそうな石だ」
「石? 石で、何をするの」
「お前の家来の、実力を見せてやるよ」
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