3.癒やし

 能が登場した当時、戦乱の時代で人々は心がすさんでいたという。南北朝の争いに、応仁の乱の後、一時は静まっている時代があっても、じきに戦国の世。NHKの『歴史探偵』によれば、足軽は当時、相当悪かったらしい。足軽のせいで余計に世の中は荒廃した部分もあるようだ。盗賊が足軽をしてんじゃなぁ、という感じである。

 死んだ人が活躍する物語は、武士も庶民も公家もなく、大勢を失ってきた人々にとってのやしだったのだそうだ。

 現代人も疲れている。めまぐるしい時代にあって、何事も全てが変わっていく時代だ。ついていくだけでも疲れるし、仕事でも疲れることが多い。

 自分は何のために働いているのか、あくせく働いて何になるのか、未来はどうなるのか、何の楽しみもなく、気が付いたら友人もいなかった。

 そんな人も多いかもしれない。地方から都会に仕事で出て行って、しかし、都会のめまぐるしさに慣れなくて。お上りさんだと思われたくなくて、必死に何でも知っているフリをする。

 面倒でもツイッターやフェイスブック、流行りのものはみんなチェックして、流行に乗っているフリをして、友達づきあいをしていなくては、周りに人がいなくて、独りぼっちだったりする。

 まるで、砂漠のような大都会の中を必死にあえぎながら、オアシスを求めてさまよい歩く。そんな時に『転生物語』がある種のオアシスとして、登場したのだ。

 都会でなくても、地方でも人付き合いのわずらわしさがあったりする。地方は地方での悩みがある。そもそも、地方では仕事があまりなく、過疎化が進み、若い人がいないので、出会いもあまりない。

 昔なら、顔が少々まずくても『お見合いしなさい。』と親や親族のすすめで、年頃になると結婚できたものである。自分で選べるということは、結婚できないリスクも増したのだ。

 『転生物語』はそういった人々の中にあるフラストレーションを、発散させる物語でもある。そして、疲れ切った人々の心を癒やす。

 能の場合は、死んでしまった人達が活躍して、自分の死んだ身内に思いをせる。彼らが極楽浄土で苦しまずに暮らせるよう、現世での心残りがないように成仏してくれという、そういう願いもあったのかもしれない。

 だから、能の見立ての夢幻なる世界で、現世の人と死んでしまったあの世の人と、つながるためのツールとして能は機能していたのだろうか。

 転生物語もある種の夢幻なる世界である。転生した時点で、“神”的存在から特別なギフト(能力)や魔法を送られ、最初から与えられている能力で、次々と問題を解決して、人々に喜ばれていく。

 最近の転生物語は、ただ異世界でのんびり田舎暮らしをする“スローライフ”型も多い。大きな戦いも、人々との摩擦まさつもなく、のんびりと何の変哲もない、代わり映えしない田舎の日常を生きるだけである。時々問題が起こっても、生まれながらにして持っている“ギフトツール”で簡単に解決してしまう。

 読み手にストレスを与えない、ドキドキも緊張もスリルも、何も必要なくて、ただ、現実から逃避とうひするための物語として存在する。

 完全に想像で、現実にはありえない世界の中で、主人公達は輝く。きっと、現実と完全に離れた夢幻なる世界だからこそ、“癒やし”効果は高いのだろう。

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