音禰

「当たって砕けてきます」

「え、デートをしないのかって?」

「うん。相思さんと音禰さんはデートってしたことないでしょ。というか、相思さんがしているところとか想像できないし。ねぇ、しないの?」


 パステールという名前のケーキ屋で、二人の女性がソファーに座りながら向かい合い、そのような話をしていた。


 白いテーブルを挟み、ケーキを食べながら話している女性は、茶髪を後ろで一つにまとめている荒木音禰あらきおとねと、同じ色の茶髪を下ろしている織陣真恵おじんみえ

 二人は女性同士ということもあり、とっても仲が良い。よく、こうしてパステールで雑談していた。


「まぁ、デートはしたことないかな」

「うん、知ってた。というか、あの人にそういうことがしたいという感情あるのかな」

「ないと、思う……。デートするなら寝てたいんじゃないかな……」

「…………悲しいこと言わないでよ音禰さん……」


 音禰は遠い目をして天井を見上げ、そんな様子を呆れた瞳で紅茶を飲みながら、彼女は見ていた。


「誘ってみないの?」

「断られる未来しか見えない」

「そんなことない──と、言いきれないのがマジで辛いね……」

「うん……」


 二人は溜息をつき、ケーキを頬張る。

 音禰はガトーショコラ。真恵はミルフィーユを食べていた。

 そんな二人に、呆れ顔を浮かべた真陽留がエプロンを付けた姿で近づいていく。


「お前ら……。ここでそんな暗い顔はやめてくれると助かるんだけど」

「親父……。音禰さんと相思さんにデートさせて、キュンキュンムフフアッハッハッって、話を聞きたいんだけどさぁ。やっぱり性格上無理なのかなぁ」

「よくわからんが……。音禰はしたいのか?」


 真陽留は真恵の隣に座り、当たり前のようにミルフィーユをひと口食べた。それにより、彼女に頬を引っ張られている。


「私の」

「僕の金で買っただろうが」


 そんな二人の様子を、音禰は控えめに笑いながら見ていた。


「ふふっ。やっぱり仲がいいね」

「仲良くない。こんな親父」

「照れるなって」

「うっざ!!!」


 真陽留は娘である真恵のことが大好きなため、笑顔でそのように言っている。だが、彼女は苦い顔を浮かべ彼を見ていた。


「お父さん、悲しい」

「勝手に悲しんでなよ」

「まぁまぁ」


 三人でそんな話をしていると、不意に音禰が目を伏せ「いいなぁ」と言葉をこぼす。


「私、相思とデートとか。そんなことしたことないし、想安とも二人みたいな話をしたことが無いの。まぁ、口数少ないのもあるけどさ」

「人を馬鹿にする時はめっちゃ饒舌なのにね」

「そこは……明人だから」

「なぜそっちの名前で呼んだ」

「何となく」


 音禰はため息を吐き、そんな彼女の姿を見て、真陽留達は顔を見合わせ腕を組み、何かを考え始めた。


「…………とりあえず、デートに誘ってみようよ。まずはこっちが動かないと絶対に無理だよ。あっちからの誘い待ちは、相思さんの場合は詰み」

「え、でも。絶対に断られるよ……」

「それでも誘ってみる!! それに、二人はまだまだ若いんだからさ! 見た目だけ」

「そんな言い方やめてよ……。現実を突きつけないで……」


 真恵の言葉に肩を落とす音禰。それから話が進み、音禰がデートに誘うということで話がまとまった。

 明人をデートに誘う作戦を三人で考え始めたのだが、今回の相手が明人ということもあり、何をやったところで倍の言葉で返される未来しか三人の頭には浮かばなかったらしく、同時に項垂れてしまう。


「手強すぎる」

「つーか、あいつにデートとか絶対に無理だろ」

「したくないって、事かな……」

「え、いやいや。そういう事じゃなくてだな」


 真陽留の言葉に、音禰は目を伏せ落ち込んでしまった。


「とりあえず。一回口に出してみるのはいいことかもしれないよ音禰さん。聞いてみようよ」

「断られるのがわかっているのに、聞くのもなぁ……」

「どうせ何をしても断られるんだったらさ、相思さんが諦めるまでぶつかりまくろう!!! それが一番だよ!!」


 ドヤ顔で鼻を鳴らす彼女は、真陽留からフォークを奪い取り、残りのミルフィーユを頬張った。その様子を見て、呆れ気味に息を吐く真陽留と、くすくすと口に手を当て、音禰が控えめに笑みを零した。


「確かにそうだね。一回、当たって砕けてきます」

「砕けたらダメだろ」


 真陽留のツッコミを他所に、音禰は自身の食べたケーキ代を払い、お店を出た。


 ☆


「断る」

「…………私、まだ今日暇かどうかしか聞いてないんだけど……」


 音禰はパステールを出た足で、そのまま林へと向かい明人に会いに行っていた。


「俺の危機察知能力が働いたんでね。先手必勝と言うやつだ諦めろ」

「何が危機察知能力よ!! 酷い!!」


 テーブルをバンバンと叩き講義しているが、明人は何処吹く風なため、ソファーの上で寝っ転がり、本を頭に乗せ寝続けようとしている。

 カクリは今いないらしく、その代わりにいつもの椅子には想安が座っていた。スマホをいじっていたが、会話が気になるらしく顔を上げ二人を交互に見る。


「ところで母さん。父さんに何をお願いしたかったの?」

「え? そ、それは、その……」


 想安の質問に、音禰は頬を少し染め、ごにょごにょと何かを言う。その様子を見て彼は何かを察したらしく、今度は明人の方に顔を向けた。


「話を聞いてあげたら?」

「めんどい」

「たまには母さんの言うことも聞いてあげなよ」

「俺は仕事で疲れているんだよ。家でぐらいゆっくりさせろよ」

「外に出かけているわけじゃないんだからさ。それに、今日は依頼人いなかったじゃん。疲れているわけが無いでしょ」


 二人の抑揚のない会話を聞いて、だんだん苛立ちが膨らんできたらしく、最終的に音禰は大きくテーブルを叩き「もういいよ!!!」と叫び、乱暴にドアを開け外へと行ってしまった。


「…………いいの?」

「…………」


 想安の質問に答えず、明人は本を少しずらしドアへと目線を向けた。

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