「一番大事に思ってる」

「よし。食べてえらいな荒木」

「食べたんじゃなくて、食べさせられたんだよ。言葉を間違っ──スイマセンデシタ」

「とりあえず、これで体が良くなればいいわね」


 想安は無理やりクッキーを三枚食べさせられ、息が耐え耐えになっている。

 文句を口にしようとするが、真恵が握りこぶしを作り冷たい瞳で見下ろしたため、想安は口を閉ざしてしまった。


「でも、クッキーで体が良くなるってなに? 相想がわざわざ渡したのは気がかりだけど……」

「私もよくわかんない。ただ『これを必ず食べさせろ。あいつが拒んでも絶対だ』って言われたから突っ込んだだけ」

「だけ、ではないよね絶対。死ぬかと思った」


 文句をしっかり口にすると、何か感じたのか胸あたりに手を添え、口をへの字にした。


「どうしたの想安」

「まだ苦しいか?」


 音禰と真陽留が心配そうに顔を伺うが、想安は何も言わない。


「────体の調子、良くなったみたいね」

「…………うるさい」

「良かったじゃん。父さんに感謝だね」

「うるさい」


 笑みを浮かべ、真恵は優しく想安を見下ろしている。その表情を見上げ、彼はほんのり頬を染め、顔を背けてしまった。


「でも、なんでクッキー? なんで体の調子が良くなったの?」

「それ、僕が一番気になっているんだけど……。母さんが知らないとここにいる人全員知らないんじゃないの」

「たしかにな。音禰が知らない情報はさすがに知らねぇわ。特に明人の場合は」


 真恵の質問には誰も答えられず、真陽留があキレ気味に肩を落とす。そのまま誰も話さなくなると、何故か病室の外が騒がしくなってきた。

 

「な、なんだぁ?」


 真陽留はドアの方に歩き、ドアノブに手を添える。


『……まっ……ください!』

『き………まっ……コウモリもなぜ!!』


「き? コウモリ?」


 真陽留は不思議に思いつつもドアを開け、顔だけを外に出し周りを見回そうとした。だが、いきなり黒い物体が目の前を覆い、何も見えなくなってしまった。


「な、なんだこれ!!」


 咄嗟に退けようと掴めるところを探し掴む。そして、乱暴に引っ張ると、コウモリ姿のベルゼが羽をバタバタと羽ばたかせており、足元には子狐が体を震わせながらしがみついていた。


「ベルゼにカクリ?! なんでこんな姿……」

「あ、捕まえていただきありがとうございます。どこからか迷い込んでしまったみたいで。それにしても、なぜ狐とコウモリが……」


 看護師は真陽留が掴んでいるコウモリを見ながら、怪訝そうな瞳を浮かべ、受け取ろうと手を伸ばす。


「確保していただきありがとうございます。お預かりしますね」

「え、い、いや……これにはその……」


 コウモリからは鋭い目線を送られ、足元では震えている子狐がずっとしがみついている。

 その状況でこのまま渡すのは気が引けるため、彼はどうするべきが油汗を流し、必死に考えていた。


「どうしたのですか? 逃げる前に早く」

「いや、これには訳が──」


 言い訳をしようと口を開いた時、看護師の後ろから人影が現れ、真陽留はそちらに目を向けると口を閉ざしてしまった。それが気になったらしく、看護師は後ろに目を向ける。


「すいません。私のが逃げてしまったらしく。不思議な動物をペットにするのが趣味で。ケージに入れて外に出ますね。ご迷惑おかけしました」

「え、あ、はい。お願いします」


 彼女の後ろにいた彼は、整った顔を看護師にわざとらしく近づかせ、優しく微笑みながら口にする。そのため、看護師は顔を赤く染め、それを誤魔化すようにその場から去って行った。


「…………キモイぞ明人」

「俺のおかげで助かったんだろうが。少しは感謝しろ。おいガキども。ガキはガキに戻れ」


 カクリとコウモリは、明人が口にした直後に少年へと変化し、二人とも不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、唇を尖らせていた。

 そんな二人など気にせず、彼は堂々と病室内へと入り、想安へと近づいていく。


「………何しに来たんだよ」

「息子が倒れたと聞いたら、親として来ない訳にはいかねぇだろ」

「なら、帰れ。姿を確認したなら十分だろ。大変だな、猫かぶりも」

「その方が今みたいに楽だからな。普段の苦労がここで活かされんだよ」

「知らないよそんなの、興味もないし。いいからさっさと帰ってよ。今、父さんの顔なんか見たくない」

「こんなイケメンの顔を見たくないなんて、お前は贅沢だなぁ。他の奴らなら振り返るほどの超絶イケメンだぞ」


 その言葉に真陽留と音禰は「自分で言うなよ」というような顔を浮かべ、呆れ気味に二人を交互に見ていた。


「自分で言うなよ気持ち悪いな。父さんがナルシストで人殺しなんて……。子は親を選べないとは、まさにこの事だな」

「確かにそれは俺もどっ──」


 明人が淡々と答えようとした時。ずっと様子を伺っていた音禰が急に動き、明人の隣に移動した。そして、想安の肩を力強く掴む。

 いきなり彼女が動き出したことに、明人は驚きで目を開き二人を見た。


「いった、何すんの母さん!!」

「確かに子は親を選べない。それは事実よ。でも、その親がどんな親かを知るのは、子供の役目ではないのかしら。貴方は今まで、知ろうとした? 相思について、分かろうとした?」

「…………したよ……」

「嘘、してないわ。確かに相思は分かりにくいしムカつくしハラハラするし、いい所なんてひと握りだけど」

「おい」


 本人を目の前にして、音禰は堂々と話を続ける。


「でも、人を見る目は確かだし、優しいところもあるの。人の想いや記憶の儚さを人一倍知っているからこそ、それを一番大事に思ってる。貴方の想いも、ね」


 最後は優しく微笑み、想安の頭を撫でる。

 彼女の言葉を聞き、彼は疑いの瞳を明人へと向けた。


「……………はぁ。俺はこういうの向かねぇんだよ」


 そう言うと、明人は想安から向けられている疑いの瞳と目を合わせ、言葉を伝えた。

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