「食っとけや」

 想安は一人、商店街をとぼとぼと歩いていた。

 ポケットに手を入れて、目線を落としながら歩いていた。

 小屋から飛び出してきた感じになってしまったため、いつも付けているマスクが無い。いつもと違う感覚で口元寂しいのか、何度も触っている。


「…………ちっ」


 行く宛てもなく、ただ苛立ちながら小石を蹴り、歩みを進めている。すると、何かを感じたのか一つの店の前で立ち止まり見上げた。

 そこはもう何十年も営業している本屋らしく、黒い染みなどが目立つ。そのため、周りの人は近づこうとすらしない。


「…………暇だし」


 想安は何かが気になったらしく、中へと足を踏み入れた。


 中は古い本が沢山本棚に置かれており、はみ出している本は積み上げられている。売っている物のはずなのに直積みをしているが、そもそも買う気が無いため彼にはどうでもよかった。


 店の奥へと歩くと、気になるものが目の端に映ったらしく立ち止まる。


「これって、新聞?」


 いつのか分からない古い新聞が壁に飾られていた。そこにはいつかの事件が書かれており、想安は興味が無いため立ち去ろうとしたが、目に映ったで、再度立ち止まり目を細めた。


「なっ、この名前って……」


 驚きで目を見開き、新聞を読むため背伸びする。


「この三つの名前って、父さんと母さん。それに、真陽留──さん?」


 その新聞記事には三人の名前が辛うじて読める程度、残されていた。

 前後には穴が空いていたり、濁っていたりと読めない状態になっているが、名前だけは読むことが出来た。その記事には──


『○○高校に通っていた男………二人と女子生徒一人が…………姿を消した。………織陣真陽留おじんまひる(18)、荒木相思(18)、神霧音禰しんむおとね(17)。三人は……から帰宅途中に事件に……失踪したと考えられ、警察では────』


 と、書かれており何度も何度も名前部分を読み直していた。


「これ、確実に父さんと母さんだよね。失踪? 一体何したんだよあいつ。それに、今の僕と年齢同じ……」


 信じられないというように俯き、力なく膝から崩れ落ちる。


「もしかして、前科持ち? それで姿を消して、今林の中で……。それなら、僕はどうなるんだ。もしそうなのなら、僕は──」


 そう呟くと、いきなり目を大きく開き胸を押え苦しみ出した。

 歯を食いしばり、脂汗が滲み出る。その場に跪き、荒い息のまま倒れ込んでしまい、そのまま目を閉じてしまった。


 ☆


 白い部屋。白いベッド。

 想安は何が起きたのかわからず、ぼやけた視界で周りを見回していた。腕には管が付けられており、点滴されているのだと分かる。


「何が……」


 何が起きたのかわからずぼぉっとしていると、部屋のドアが開かれ、音禰と真陽留が入ってきた。

 音禰は両手で花瓶を持ち俯き、その隣には真陽留が背中を支え悲しげに瞳を揺らしている。

 

「母さん、真陽留さん」

「っ、し、想安!!」


 入ってきた二人に声をかけ、その声に彼女は俯いていた顔を勢いよく上げた。

 真陽留が目を覚ましたことに驚き、手に持っていた花瓶を出入り口に落としてしまう。だが、そのようなことを気にせず、音禰は走り出して真陽留が横になっているベットの脇にしゃがんだ。


「想安、想安!! 大丈夫? どこか痛いところは? 体は動く? 意識はしっかりしてる? 私の事は分かる?」


 想安の手を握り、次から次へと質問する音禰の肩に手を置き、真陽留が床に落ちた花を片手に「落ち着け」と伝える。


「とりあえずナースコールを鳴らすな。想安は俺達のこと覚えているか?」


 真陽留の問いに小さく頷く。それに安心したのか、彼はナースコールを鳴らしながら安堵の息を吐いた。


 その後、直ぐに看護師が来て様子などを確認したが、安静にしていれば問題ないということで話が終わり、部屋には三人だけとなった。


「まったく、驚いたわよ。まさか、貴方が倒れたって電話が来るなんて思わないじゃない。具合悪かったの?」

「別に。なんでもない」

「…………そう」

「…………父さんは?」

「相想は……その……」


 言いにくそうに音禰は目を泳がせ、言葉を選んでいる。その行動だけで察したのか、想安は窓の外に目を向け「あっそ」と零す。


「まぁ、父さんにとって僕は、その程度の存在だったってことか。当たり前だね」

「ち、違うよ。想安のことは大事にしてる。ただ、少し素直になれないだけ……」

「へぇ。どうでもいいけど」


 そんな会話をしていると、またドアが開かれ一人の女性が入ってきた。


「何しんみりしてんのさ。気持ち悪」

「なぜこうも空気を読むことが出来ないんだ。誰に似たんだか……。あぁ、でも僕は空気を読むことができるから僕ではないな」

「何言ってんのよ。わざわざ来てくれてありがとう、真恵みえちゃん」


 勢いよくドアを開き、真陽留の隣に移動した女性、真恵。

 真陽留の言葉に対し、瞬時に彼女は彼の背中にもみじを作る。そんな彼女はラフな格好をしていた。

 パーカーに短パン。後ろで茶髪を一つにまとめている。


「親父に似たんだな。私の性格」

「絶対に違う。あと、女の子なんだから親父はやめなさい」

「かっこいいじゃん」

「やめなさい」


 真恵の苗字は織陣。真陽留の娘で、想安の幼馴染だ。手には何故か巾着袋が握られている。


「それは?」

「これ? わかんない。相想さんに渡された。これを想安に渡してって」


「はい」と渡し、想安は体を起こし点滴されていない右手で受け取り中を確認した。

 中には、毎日必ず食べているクッキーが三枚入っており、香ばしい匂いが部屋に広がる。


「あら、良かったわね。部屋で貰ったものは粉々になってしまったけれど、新しいのを準備してくれたみたい。今食べてもいいのよ」

「いらない」


 巾着袋を閉め、音禰に無理やり渡しまた横になってしまう。


「た、食べないの?」

「いらないって言ってんじゃん。食べたかったら食べなよ。ちょうど三人で分けられるじゃん」

「何不貞腐れてんのよ」


 音禰が困惑気味に巾着袋を受け取ってしまったが、それを真恵が奪い取り、中のクッキーを取りだしまじまじと眺める。


「…………あんたが食べなさいよ」

「いらないって。今は食欲がないんだ」

「一枚なら食えるでしょ」

「いらない」

「………あっそ。なら──」


 クッキーを片手に、真恵は想安に近づいた。それに気づき、彼は少し顔を上げる。


「一体なっ──」


 話すため口を開いた直後、真恵が遠慮なく口の中にクッキーをぶち込み、無理やり食わせた。


「ワガママ言ってねぇで食っとけやぁぁぁああああああ!!!!!」

「むぐぅぅうう!!!!」


 二人の叫びに近い声が部屋に響き、真陽留と音禰は何が起きたのか瞬時に理解出来ず、その場に固まっていた。

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