「ねぇからな」
明人のいる部屋の奥には、二つの部屋がある。
一つは、彼が抜き取った匣や、記憶が保管されている部屋。通称、記憶保管部屋だ。
もう一つは、明人の荷物が置かれていた物置──だった部屋だが、今は綺麗に片付けられており、想安の部屋になっていた。
壁側には勉強机と本棚。ベッドのシーツが少し乱れており、それに気づいた音禰が肩を落としながらも綺麗に直している。
本棚には参考書が沢山あり、小説も複数置かれていた。
そんな部屋の中で、真陽留は音禰と共にベッドに腰かけ、想安は自分の回転椅子に座る。背もたれの部分に腕を置き、無意味にクルクルと回っていた。その顔には少し、不貞腐れたような表情が張り付いている。
「どうしたの想安。何か気になることでもあるの?」
「…………別に……」
そう返答しているが頬を膨らませ、そっぽを向いているあたり、なんでもない訳では無いとわかる。
何か考えているようにも見え、次は真陽留が問いかけた。
「もしかして想安。明人のやっていることが嫌なのか?」
「え、相想がやってる事……?」
真陽留が言っていることが音禰には分からないらしく、聞き返している。だが、想安にはわかったらしく、顔を俯かせ、無言になってしまった。それはもう、肯定しているようなもので、真陽留は「やっぱりか」と呟く。
「おそらく想安は、明人のやっている『匣を開ける』が、嫌なんだろう。いや、開ける方は良いのか。本当に嫌なのは『匣を取り除く』だろ」
その言葉に肩を大きく震わせる。そして、罰が悪そうな顔を浮かべた。
「え、でも想安。今まで何も言ってこなかったじゃない。いきなりどうしたの?」
「今まではよく分かってなかったし、二人は何も教えてくれなかったじゃん。だから、カクリとベルゼに聞いて詳しく知ったんだ」
その言葉には覇気がなく、目を泳がせている。
「……父さんがやっているのって、人殺しじゃないの? 言葉を濁して人形とか言ってるけど、簡単に言えば人殺しじゃないか。それが僕の父さんなんて、考えたくないよ……」
その言葉を耳にし、二人は口を開くことが出来ず沈黙が続く。重苦しい空気が三人を押し潰そうとしていた。
「………そ、相想はそんなことしてない……よ。ただ……」
「ただ、何? 母さんも同じことを思ってんじゃないの? だから、今何も言えないんじゃないの」
「そんなことは無いよ。私は相想を信じてる」
「口ではなんとでも言えるよね。でも、腹の中では何を思ってるのさ。どうせ、父さんのやっていることに口を挟まず、何も言わずのうのうとやってきたんでしょ。だから、さっきの僕の言葉に何も言えなかった。違う?」
音禰に畳み掛けるように相安が言葉をぶつける。今まで溜めていたものが溢れているようにも感じるが、怒りや悲しみも込められており、彼女は何も言えず口を結んでしまう。
隣で話を聞いていた真陽留は、静かに立ち上がり相安に近づいた。次の瞬間──
──────バチン!!!
「──は」
「え、真陽留?!」
何が起きたのか分からないという表情を浮かべ、想安は赤くなっている左頬に手を添え、真陽留を見上げた。
真陽留が想安の頬を叩いたのだ。
「な、何すんだよ真陽留さん!!」
「そ、そうだよ真陽留。いきなりどうしたの?!」
わなわなと怒りで体を震わせ、怒りをぶつける想安と、ただ困惑するだけの音禰。
そんな二人を見て、真陽留は静かに口を開いた。
「頭は冷えたか」
「は? 意味わかんないこと言うなよ。一体なんなんだよ!!! なんで僕が叩かれないといけないのさ!!」
「お前が正しい判断、考えを持てていないからだ」
「何が正しい判断だ。考えだ!! 僕は間違っていない。僕の、僕の父さんは──」
────人殺しなんだ!!!!
想安の悲痛の叫びが部屋に響く。それと同時にドアが開かれ、真陽留と音禰が顔を青くしそこに立っている人物を見る。
想安も釣られるようにドアの方に目を向けると、そこには依頼人と話しているはずの明人が、無表情のまま立っていた。
「相想……」
「ち、違うの相想!! これはちょっとした手違いで──」
音禰が何とか弁解しようとするも、明人はそれを聞いているのか分からず、大きな溜息をつき頭をガシガシと搔く。
「ちっ、なんの話をしているのかと思えば……。つーか、カクリはまだ帰って来てねぇの?」
「へっ? か、カクリちゃんはまだ見てないけど……」
「なんだよあいつ。どこまでほっつき歩いてんだか……」
再度溜息をつき、何事も無かったかのように部屋を出ていこうとする。だが、それを想安が止めた。
「待てよ」
「なんだ」
「なんで。なんで何も言わないんだよ。聞いていたんだろ、さっきの言葉。弁解とか、そういうのしないのかよ」
震える声で想安は明人に問いかける。
明人と同じ漆黒の瞳を向け、下唇を噛み強く手を握る。
鋭く彼を睨みあげ、歯を食いしばっていた。それを見た明人は、面倒くさそうに口を開き、想安を見返し、一言だけ伝えた。
「する必要が、ねぇからな」
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