第二十話 ムゲンの中の異形

「あとちょっとだったわね」


「今日はちょっと焦ったよ」


「………うん」


 負け犬は多くを語らないものだ。負け惜しみなんてしない。


「……それで、今日はどうしたの?二日連続で来るなんて初めてじゃないかしら?」


「……ああ、うん。今日は授業が休みでね……」


「ああ、ここも春風家も休みだよ。毎日勉強漬けだとメリハリがつかないし……」


「……全くその通り」


 俺がそう言ったところで、望海が微笑みを浮かべた。何かそれは――大雨が降る前に数分だけ天気が良くなるような感覚をもたらした。


「授業が休みだから……どうなの?」


「……ん?」


「授業が休みだから、散歩したくなって、ここまで来たの?」


「………」


「前に散歩が本題で私たちに会いに来るのはついでだって聞いたけれど」


「………前言を撤回する。正直今はここに来ることが主要な目的になってきてるよ」


「……そう」「……ふふ」


 二人が何に対して笑みを浮かべているのかは定かではないがしかし、幸せならオッケーです。


 ……と。思ったところで。


 俺は。


 何か異様な雰囲気を感じた。春風家の屋敷の反対――つまり俺の背後から、不気味な魔力の高まりを感じた。


「……二人とも、下がって――」


 くれ、と言おうとした俺の目に飛び込んできたのは、どこか遠くを見つめるような目をした二人の姿だった。


 ……魔力酔いか。


 周囲の魔力が不規則で不気味な揺らぎを持ち始める。


 魔力と言うものは――常では殆ど動きを持たない。


 なので、このように意図的に魔力をかき乱されると、酩酊の感覚を引き起こされる事がある。魔力感知能力の高い――望海だけでなく、未來も十分に高い――二人には、これは耐えられたものではないだろう。


 比喩でなく、暗雲が垂れこめる。


 今まで雲のかけらも見えなかった空に、墨を塗りこめたような暗黒が満ちる。


 ――。と雨滴が頬を撫でた。


 。小雨は大雨となり、全身を濡らしていく。だが俺はそれを気にしてはいられなかった。


 通りの先を見つめる。


 異様な格好をしたモノが、そこに立っていた。老翁の仮面をつけたモノが存在していた。


 雨によって霞む視界の中で、それは夢幻の中でのみ生きる異形だと感覚された。


 そのモノは――ぬらりと、ひたりとこちらを向いた。


 深淵を覗いた時に――この世界にいてはならないものと目を合わせてしまったような、気がした。


 雨は、止まず。勢いを増していくばかりだった。

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