第十九話 負けられない戦いがあったんです……

 さて、遅めの朝食を食べ(させてもらい)、二時間半ほど研究をして、昼食の時間となる。


 朝食は食堂の席について食べるのが基本だが(今日は厨房で食べたけど)、昼食は様々なメニューが用意されていて、中にはサンドイッチやおにぎり等の持ち運びがしやすいものも用意されている。これは城の外で過ごす人の為に用意されたものである……多分、王族が外に出ることは想定されていない気がしないでもないけど。


 と言う訳で、今度は遅れないように食堂へと向かい、サンドイッチ二つを頂いた。


 これを持ってどうするかって?


 今日も今日とて城下に行きます。


 ○

 と、言う訳で。また貴族風の服に身を包み、髪の色を変えて城を抜け出す。今回は佳那にも気づかれていない――と思うんだけどな…………。


 城下に来て何をするのかと言うと、散歩だ。俺は散歩が割と好きだ……が、正直今回の主な目的は歩くことではない。散歩の途上にある――あれだ。


 今日こそはあの狙撃ポイントを無傷で突破する。……負けられない戦いなのです。


 市が開かれている通りを抜け、春風家へと続く例の小径へと辿り着く。息を整える。外界に出る魔力の量を最小限にする。この段階では、望海の魔力感知能力と、俺の魔力制御能力の競い合いだ。


 そろりと、歩く速度を落とす――ことはしない。歩く速度を落とし、俺の魔力が外界にもたらす魔力の揺らぎを少なくすれば確かに気づかれにくくはなるだろう。しかしそれは移動時間が長くなることを意味する。それでは意味がない。試行回数を増やすだけの結果になってしまう。だから速度はいつも通り。


 歩き続ける。しかし全方向に注意の糸を張り巡らせる。風のない日の湖面のように静かにただそこに存在するイメージを形作っている俺に向かって何かが急速に迫ってきて――。


「あぶねッ」


 真横に跳ぶ。すると俺が今まで立っていた位置に水滴がぽつりと落ちる。


 ……完全に見つかってるじゃないですかやだー。


 こうなったら仕方がない。


 地面を抉るほどに強く踏み込んで姿勢を低く保ち、駆け出す。ここからは未來との勝負。右へ左へと規則性を持たないようにしてかき乱す。ぽつ、ぽつと俺が数瞬前に存在した位置に水滴が飛んでくる。


 いける。屋敷まではもう五十メートルもない。手をつないで――恐らくこれは情報を交換し合うためだ――目を閉じ、魔力がうごめく世界に意識を集中させる二人が見えた。あと二十メートル。数瞬前の位置に落ちていた水滴が、一瞬前の位置に落ちるようになる。しかし俺には届かない。


 あと三メートル。


 ……これで終わりだ。


 足元を駆け回るように水滴が落ちてくる。俺はそれを避け、跳び上がった。


「………え?」


 空中での数秒間に俺が見ていたのは、親指と人差し指を立てて――いわゆる、銃の形にし――その人差し指を俺に向けて……片目を閉じてかわいらしくウインクして見せる、望海の姿だった。


 ………そうか。望海に及ばないとは言っても、未來の魔力感知能力は低い訳ではない。五十メートル程のところまで俺が接近すれば、望海が未來に俺の位置を伝える必要もない訳で。


 また逆に、望海も水を飛ばす魔法が使えないわけでもないわけで。


 俺は望海の笑顔を見て――そっと目を閉じた。

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