第三話 夜空に吸い込まれていくような
図書室には(何故か)黒板が備え付けられているので、そこにチョークで文字を書きつけながら講義を始める。
「魔法陣の話をしていた事だし、最も効率よく魔力を現象――魔法に転換できる魔法陣の構成について話すことにしよう。
「今現在、理想的な構成だと世界に認められる構成は――誰が考案した?」
「近代魔術の父、ヴァルシュヴィですね」
「正解。ヴァルシュヴィは魔法陣の対称構造に重きを置いた構成を考案し、以来それが最も効率の良い魔法陣の構成だと言われるようになった。
「しかし本当にそうなのかと、三百年前から研究者たちは反証を試みているわけだ。何を根拠にしてるか、分かる?」
「……えっと、三百年の時間が経っていることと何か関係ありますか?」
「あるある。正確に言うと、二百年経った事に関係しているかな」
「二百年と言うと……詠唱から魔法陣への変換技術が生まれたのが、その頃ですよね」
「……正解。昔から、一部の魔法の詠唱による発動が、他の魔法を魔法陣で発動した時よりも効率がいい事が知られていた。
「加えて、魔法陣と詠唱では消費する魔力量に気にするような差はない。
「なら、当該魔法の詠唱の構成に、何らかの優れた点があるということだと、考えられた。
「詠唱から魔法陣への変換が出来るようになったことで、先に述べた特性を持つ魔法の詠唱を魔法陣に書き換えることができるようになり、詠唱に組み込まれていた効率のいい構成が、魔法陣に備わり、歴史を変える新たな魔法陣作成の体系が生まれる――はずだった」
俺は黒板に直方体を描く。そしてそこに『果ての壁』と書き込んだ。
「完成した魔法陣は、研究者たちが思いもよらないような斬新な構成だった。しかも、机上でシミュレーションしてみれば明らかに――ヴァルシュヴィのものを超える効率をたたき出すものだった。
「でも実際に発動してみると、僅かにヴァルシュヴィのものの方が効率がいい。
「研究者たちが混乱したのが目に浮かぶようだよ。理論的には確かに効率がいいはず。なら何故実際にそうならない――?」
時葉は――これは彼女が深く思考するときの癖なのだが――ぱちぱちと大きな瞳を何度か瞬かせ……苦笑を浮かべた。
「……分からないです、先生」
「俺もわからん。今ので解かれたら国中の教本を書き換えなくちゃならんとこだった」
「……意地悪な先生」
「まあね……。でも――今のは流石に分からないにしても、よく勉強してるじゃないか。ヴァルシュヴィの事も詠唱魔法陣変換の事もよく……」
そこまで口にして、俺は自身の失敗を悟る。
「はい。頑張りましたよ、先生?」
一歳差とはいえ俺より年下とは思えない、大人びたミステリアスな微笑みを浮かべる時葉。何がどうなっているのかわからないが、要求されている褒美は彩希のそれと同じもので……。
黒より僅かに青みがかった綺麗な髪にそっと触れる。薄明の空に見紛う静かで深く、幻想的な色。
彩希の頭を撫でる時との微かな違いは、時葉が俺の目線と同じくらいの背の高さなので、その表情がよく見えてしまうところだ。長い睫毛に縁どられた涼しげな双眸が、柔らかく細められる。
俺は夜空に吸い込まれるような感覚を味わっていた。
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