第二話 すごく似合ってるよ

「……こう、か?いやこっちの方が対称構造を守ってていい感じに……いや……」


 ぶつぶつと独り言を呟きながらノートに何事かを書きつける姿はさながら図書室に住む妖怪と言ったところだろうか。どうも俺です。


 一月前くらいから本格的に魔法陣の研究に取り組んでいるのだが、どうにも――当然というべきかもしれないが――『果ての壁』が越えられない。


『果ての壁』とは、簡単に言うと、魔法陣の効率の限界だと思われている値のこと。


 それを越えるとはつまり、三百年前に確立された理想的な魔法陣の構成方法を覆す画期的な構成を見つけるということ。


 ……なんだけど。


「……いや、これだと……そうだよな、相殺し合って……魔力のロスが」


 現在使われている構成が三百年前に確立されたということは、裏を返すと三百年の間それを越える構成が見つけられなかったということ。壁は高く厚く、果てなんて見えたもんじゃない。


 ……そう上手くいくもんじゃないか。地道にやっていこう。


「……先生?」


「なんかここ引っかかるんだよな……無理矢理くっつけたみたいで綺麗じゃないし……」


「それは確かに思いますけど」


「だよな。ねじれてる?っていうか何と言うか……」


「こっちに誘導してみたらどうです?」


「……あー。ん……ちょっと試してみるか」


「……はい」


 助言の通りに、魔力の経路を若干変更する。実際に魔力を流してみると……。


「……なるほど。ここで詰まってしまうんですね」


「そうみたいだな……」


 やはり上手くいかない。


「あの、そろそろ気づいてもらいたいんですけど……」


「……あれ、時葉?何でここに」


 国内の有力な貴族の筆頭――冬瑞家の令嬢である冬瑞時葉は、微かに笑みを作って左の袖を僅かにめくり、腕時計を俺に向けた。


「……シンプルで綺麗なデザインだね。凄く似合ってる」


「…………ありがとうございます。でも気づいてほしいのはそこじゃなくて」


「……ん?」


 時計の針が差しているのは十八時二十分。


「……あ」


「あ、じゃないですよ、先生」


 ――十八時から時葉の授業が入っていたのだ。


 いや、でもその、忘れていたわけじゃない。


「……本当にごめん。夢中になりすぎた」


「十五分過ぎて来なかったので、もしかしたらと思ったんですけど、やっぱりここにいましたね」


 ……実は授業に遅れたのはこれが初めてじゃなかったり。


「それで、授業はどうしましょう?一応筆記具は持ってきましたけど……」


「……他に勉強してる人もいないし、ここで授業しようか」


「はい」

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