第3話 地下牢での出会い。~不死身の彼は幼馴染と瓜二つ~

 場所:タークの屋敷(地下牢)

 語り:小鳥遊たかなし宮子

 *************



 しばらくすると、螺旋らせん階段をゆっくりとおりる靴音が、冷たい地下牢の壁にひびきはじめた。


 コツン、またコツン……と、かなり不規則な足取りだ。


 どんな大男が現れるのかとぼんやり眺めていたら、案外普通サイズの男が姿を見せた。


 ふらふらと足元をふらつかせながら現れた彼は、鉄格子を頼るように掴み、牢屋のなかの私をのぞき込んだ。


 真っ黒なよろいに真っ黒なマントを羽織はおり、背中には背丈より大きな、分厚い大剣を背負っている。その剣も、鎧やマントと同じようにやっぱり真っ黒だった。


 全身黒ずくめでかなり悪役っぽいけれど、彼が大男たちの親玉なのだろうか。



「お前が……迷子のゴイムか?」



 うつろな目でぼんやりとその姿を見ていた私は、彼が発したその声に、ハッとして目を見開いた。



 ――あれ? この聞きなれた声は……。



 体を起こし、鎧の彼の顔に焦点をあわせてみる。



 ――達也!?



 達也にしてはファッションがずいぶんと戦闘モードだし、なんだか光っている気がするけれど、それでも彼は達也にしか見えなかった。


 私は痛む体を引きずって彼のほうへ進み、鉄格子にしがみ付いた。



「達也! 生きてたんだね……! 心配したよ。ずっと、どこにいたの?」



 私に呼びかけられた彼は、戸惑ったように目を丸くした。



「ねぇ、達也。私、宮子だよ?」


 ――まさか、こんな場所で達也に会えるなんて。



 すがるような気持ちで手を伸ばす私を、彼は鋭い眼差しでにらみつけた。



「うるさい!」



 達也の口からは、聞いたことがないような威圧的な声……。


 ビクッとして後退った私は、あらためて彼を見上げた。



「ご、ごめんなさい……」



 苦しそうに胸をおさえ、はぁはぁと乱れた呼吸をする彼。そのかたく強張った表情は、私の知る優しい達也とは、似ても似つかなかった。


 そして、そのけわしい表情とは裏腹に、彼の全身が、なぜだかキラキラと輝いている。


 妖精の粉のような、小さな金色の光の粒が、彼のまわりをフワフワと飛びかっているのだ。それはまるで、生きているかのようだった。



 ――達也じゃない……?



 おびえた顔で震える私を、眉間に皺を寄せてにらんでいた彼は、なんだか具合が悪そうに、小さな呻き声をあげた。



「くっ……お前の所有者は誰だ?」


「所有者って……何のことですか?」


「正直に言わないとひどい目にあうぞ」


「すっ……すみません。よくわかりません」


「なら、刻印を見せろ。私が確認する」



 彼は牢屋の前に膝をつくと、鉄格子の隙間から私の腕をつかんで引っ張りだした。



「ひゃ……いたっ……」


「我慢しろ」



 思わず閉じた目を、こわごわと開いてみると、彼の体から溢れた金色の光が、私の傷だらけの腕を包みこんでいた。


 よく見ると、その光の細かい粒子が、彼が触れている辺りの傷口に、ゆっくりと吸いこまれていく。



 ――く、くすぐったい。



 それは、柔らかい鳥の羽でそっと触れられているような、なんとも歯痒はがゆくてムズムズする感覚だった。



 ――痛いけど、少し気持ちいい……。


「うーん? なんだこの刻印は……。封印されているのか……?」



 彼は片手で頭を抱えて、なにやら考えこんでいる。間近で見るその顔は、やっぱりどう見ても達也だった。似てるとかそういうレベルじゃなく、まったく同じに見える。



「あなた、達也じゃない……の?」



 震える声で尋ねると、彼は怪訝けげんな顔をして言った。



「私を知らないとはおかしなやつだな。私は不死身の大剣士、ターク・メルローズだぞ?」


「不死身の……大剣士?」


「そうだ。タツヤなどではない。ターク様と呼べ」


「タ、ターク様……?」


「そうだ。それでいい」



 そう言うと、彼はニヤリと口元を歪めた。



 ――え……? 様付け強要……? しかも不死身ってなに? どういうこと?


 ――達也にしてはあまりにおかしいわね……。顔も声も同じだけど、話し方が全然違うし、それに、この、ひどい笑いかた……。


 ――やっぱりこの人、全然達也じゃなかったみたいだわ。



 驚くやらがっかりするやらで、ぽっかり口が開いてしまった私を見て、不死身の彼はまた首を傾げた。



「とぼけているわけでもなさそうだな……。所有者がわからないなら出身を言ってみろ」


「出身……? 日本です」


「日本……? どこだそれは」


「え……、地球の、日本です」


「……お前、幻術にでもかかっているのか?」


「はい……?」


「ずいぶん傷がひどいな」



 不死身の彼はそう言うと、鉄格子の隙間から両手を入れ、私の前に手をかざした。


 彼が「ヒール」と唱えると、その金色に輝いていた手のひらから、今度は淡い、緑色の光が溢れだす。


 それは、ほんのりと温かく、私の身体を包み込んだ。金なんだか緑なんだかちょっとややこしい。


 だけどとにかく、その気泡のような光が傷口に入り込むと、しだいに傷がふさがっていく。



「魔法……?」



 私が呆気あっけに取られている数秒の間に、ズキズキと脈打っていた痛みが治まり、深い傷がかなり小さくなった。死にかけ……とまで言われた私の身体に、ふつふつと力がいてくる。



 ――こんな奇跡みたいなことが本当に起こるなんて!



「す……、すごい!」と、驚く私を見て、彼はまた首を傾げた。それから、ゆらっと立ちあがると、少し悔しそうにこう言った。



「悪いがいまは魔力が足りない。だが、なにもしないより少しはマシだろう」


「はい、すごくすごく助かります!」


「……私はいま急いでいる。戻るまで大人しくここで待つんだ」


「わかりました! ターク様!」



 彼はまた少しふらつきながら、他の男たちと一緒に階段を登って出ていってしまった。


 私は少し名残惜しい気持ちで彼を見送った。ちょっとビクビクしてしまったけれど、彼は私のケガを治してくれたのだ。


 にらんでいるように見えたけれど、あれは体調不良のせいだったのかもしれない。



 ――達也じゃなかったみたいだけど、きっといい人に違いないわ!



 この状況も、彼のことも、まだいろいろと理解が追い付かない。だけど、あのひどいケガが少しよくなったことで、心も体もかなり楽になった。


 とりあえず言われたとおり、さっきの不死身の人……ターク様が、戻ってきてくれるのを待つしかない。


 喘ぐようなため息をつきながら、あらためて右手首にある刻印に目をやってみる。どう見てもこれは、だ。


 さっきのといい、この世界には魔法が存在しているらしい。不死身というのも冗談ではないのかもしれない。



 ――うぇっ。これ見てると酔うみたい。頭がぐるぐるしてきたわ……。



 刻印にうごめく文字を眺めていると、気分が悪くなり、私はまた頭を膝にうずめた。



「つらい……」



 マシになったとはいえ、まだまだ体中に傷が残っている。いまはあれこれ考えるより体を休めるのがよいだろう。



 ――目が覚めたら、日本に戻ってる可能性だってあるわよね……。



 粗末そまつなベッドによじ登ると、私はうとうとと眠りはじめた。



*************

<後書き>


 ようやく現れた不死身のターク様ですが、なんだかふらふらしています。先でわかるのですがこのときのターク様はかなり追い込まれていました。


 所有者のわからないゴイムの宮子に、とりあえず軽くヒールをかけ、用があるからとどこかへ行ってしまうターク様。


 次回、宮子はかなり悲惨な目に遭います。苦手な方はご注意ください。


※近況ノートに挿絵があります。併せてごらんください。

https://kakuyomu.jp/users/kasya_2021/news/16816927859390439738

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