第2話 ここはどこ?~地下牢に放り込まれた宮子~

 場所:メルローズ領

 語り:小鳥遊宮子

 *************



 僅かに動かした手のひらに、ボコボコとした丸石の感触がある。乾いた砂粒が頬に張りつき、口にまで入っている。


 目を覚ました私は、石畳みの地面にうつぶせで倒れているようだった。



――ここはどこ……?



 乾いた空気が砂埃を巻き上げ、ふいにそれを吸ってしまった私は、ゲホゴホとむせ込んだ。



――いたた……。私どうなったの?



 咳をした衝撃で身体中に強い痛みが走り、自分の身体が傷だらけらしいということに気づく。


 倒れたとき、顔をすりむいた気はするけれど、こんなに全身痛いなんて。あの後私は、車にでもひかれてしまったのだろうか。


 少しでも周りの状況を確認したくて、痛みをこらえ、地面についていた手に力を込めた。


 少し顔を持ち上げると、遠巻きに自分を囲んでいる数人の足が見える。なんだかあまり見慣れない、つま先のとがった靴を履いている人が多い。



「たすけ……て……」



 思うように出ない声をしぼり出し、人だかりに手を伸ばしてみる。けれど、一人としてこちらに近づこうとする者はいない。


 それどころか、私が手を伸ばすほどに、怯えたように皆後退りしていく。



「あの腕の刻印……やっぱり、だな……」


「あれはもう、ダメじゃないか?」



 コソコソとした話し声にまざって、『ゴイム』という謎の言葉があちこちから聞こえる。なんのことかはわからないけれど、どうやら死にかけだと思われているようだ。


 助けを求め伸ばしていた腕が、力なく地面に落ちる。



――まさか、このまま死ぬまで放置されるの?



 真っ黒な不安に襲われながらも、身動きの取れない私のそばに、しばらくして、三人の男が近づいてきた。



「グヘ。屋敷の前にゴイムが倒れてるゾ」


「ワワ。これはもう、散々やられたあとみたいでゲス」



 そんなことを言いながら、男達はうつぶせに倒れていた私を乱暴にひっくり返した。



「あっ。いたっ……」



 痛みに悶えながらも目を開くと、筋骨隆々の大男が、覆い被さるように私を覗き込んでいる。



「グヘ。変だな痛がってるみたいダ。グヘヘ。タークのダンナと同じ、黒い髪だナ」


「ワワ。こりゃぁ高価なゴイムかもしれないでゲスよ。飼い主に引きわたせば金が取れるでゲス」


「イヤイヤ。これはその前に死ぬッスよ。とにかく、ここはじゃまッス。とりあえず地下牢にでもほおり込んでおくッス」


――え、地下牢って?



 男たちの耳を疑うような会話に唖然としていると、ひょいっと大きな肩にかつぎ上げられた。


 一瞬視界が広がった私の目に入ったのは、まるでヨーロッパの古城のような立派なお屋敷だった。


 男の背中にぶらさがったまま、広々とした緑の庭園を進むと、その奥には地下へ降りる暗い螺旋階段があった。


 私はそのまま地下に連れていかれ、鉄の格子がついた殺風景な牢屋にほおり込まれた。


 冷たい石の床に転がされ、「ぎゃん」と小さい声がもれる。



――ケガ人になんてことを……。



 文句を言ってやりたいけれど、男たちがあまりに大きくて、息を飲むことしかできない。余計なことを言うと、とどめの一撃をさされそうだ。



――ひどくジメジメしてるわね。



 なんとか石の壁にもたれかかり、まわりの様子をうかがってみる。


 牢屋には薄汚れたシーツが敷かれたベットがひとつと、壺が置かれているだけだ。壺は排泄用のようだけれど、絶対使いたくない。



――さすがにこれは、もう泣いてもいいかな?



 だけど、今日の私は、どんなについてなくても、泣かないと決めていた。ゼロゼロと力なく漏れる自分の息づかいを聞きながら、なんとか涙をこらえる。



――あれ?



 あらためて自分の身体に目をやった私は、小さく首を傾げた。


 さっきまで長そでシャツに長ズボンだったはずの服装が、汚れたボロボロのワンピースに変わっているのだ。しかも、あちこちに滲んでいるのは自分の血のようだ。


 手や足も血で汚れ、身体中にムチで打たれたような大きなミミズ腫れができている。それがズキズキと激しく痛んでいた。



――交通事故に遭ったっていうよりは、拷問を受けたあとみたいだわ。もしかして私、外国人に誘拐された?



 私をここに連れてきた男たちの体格は、かなり日本人ばなれしていた。思い返すと、ファッションもなんだか今風じゃなかった気がする。


 だけど、一番おかしいのは、私の右手首の外側に刻まれている、不気味な黒い刻印だった。


 手の甲の中心から手首にかけて、直径十センチほどのそれは、まるで大きな穴のように見えた。覗き込むと、黒紫の雲のようなものが蠢いている。


 目を凝らすと、妖しく光る魔法陣のようなものと、幾重にも重なった不思議な文字が見えた。


 それは、とかとか、そういう言葉を使わない限り、どうにも説明できないような代物だった。



――いったい私に何が起こったの?



 どうすることもできず、その場にうずくまる私。身体中がひどく痛くて、深く考えることも出来ない。


 しばらくすると、牢屋の外から、ワイワイと騒いでいる大男たちの大きな声が聞こえてきた。



「イヤイヤ。なんか変なもん拾ったッスね。一応タークのダンナに知らせるッスか?」


「グヘ。別に必要ないゾ。大剣士っつってもあれはただのガキだゾ」


「イヤイヤ。タークのダンナは、六メートルの魔獣を大剣でまっぷたつにするって話ッスよ」


「ワワ。まさか~でゲスな」


「グヘ。光ってるだけだゾ。不死身なんて大ウソダ」


「イヤイヤ。一応話だけしとくッスよ」



 男の一人がそう言って出ていく。タークの旦那というのは、この大きなお屋敷の主だろうか。


 ケガ人をこんな地下牢にほおり込むようなやつらの親玉だ。きっとよほど怖い男に違いない。



――六メートルの魔獣をまっぷたつ?



 さらにいかつい大男を想像した私は、ブルブルと身震いしながら、石の床に小さく丸まった。



*************

<後書き>


 今回は突然異世界に投げ出された宮子の様子を書きました。いきなり大怪我で動けない状態からの異世界スタートです。


 誰にも助けてもらえず、大男たちに牢屋へ放り込まれた宮子。男たちがターク様の噂話をしています。


 次回、いよいよターク様登場です!


※近況ノートに挿絵があります。あわせてごらんください。

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