第11話 男の子みたいな女の子

 裕柊と七海の写るスマホ画面を、仁那は少し憂鬱そうな顔でダブルタップした。


 ―――本当に2人、仲良かったんだ…


 ペアストレッチしてる時から薄々気付いていたが、どこが心の外で勝手に想像していた夢物語が正夢となって現れたようだった。


でも、あんな裕柊は見た事がない。仁那と一緒にいる時や、クラスメイトと喋っている時は基本、裕柊も自分で言っていたように甘え上手でいじられキャラだが、なんだかんだいってみんなから愛されている。


だからみんな裕柊の事は嫌いになれないのだ。そんな甘えん坊が七海の前に来ると、"かっこよく"なってしまう。それもそれでキュンっとするから良いのだが、今までドM全開だったはずなのに、あの子の前だと大人びてしまうのだ。


 仁那がずっと"想って"いた木吉裕柊は、七海という存在によって少し、変わってしまっていた。

 

 いつからだろうか。裕柊が私の世界の中に溶け込んだ日は。



 あれは小学校中学年くらいの事だ。仁那は1人で招集所に向かっていた。


4年生頃から陸上を始めたので、周りよりかは大分と遅めのスタートだった。まだ大会の経験数も少なかったため、周りに同じチームの友達もおらず、不安な気持ちばかりが積み重なっていった。


 今思うとすごく間抜けで、思い出したくはない光景だが、そこで華麗に私は転けた。


それは陸上選手としては赤面するようなことだ。そこで、その姿を笑ってくれる友達がいたらまた何か変わっていたのかもしれない。


一斉に召集所にいた同世代ぐらいの子達の、様子を伺う視線を浴びた。心配そうに見つめてくる目は多いが、誰一人として寄ってきて声をかける人はいない。


これこそ穴があったら入りたい、だ。痛さよりも何よりもそこでは恥ずかしさが勝っていた。


「ねえ、大丈夫?!血、出てるよ」


 突然、後ろから声がした。今私を心配して駆けつけてくれる友達は誰もいないはずなのに。


振り返るとそこには、男の子が立っていた。とても童顔で可愛らしい顔立ちをしている。


「え?あ、あぁ。」


 着地が上手くいかなかったらしい。言われてから気づいたが、案外血が滲んでいて、赤黒く変色しながら今にも膝からこぼれ落ちそうになっていた。


「そんなじゃ集中して走れないよ。拭くもの何も持ってないでしょ?」


「う、うん。」


「これ使いなよ。」


 そう言って男の子は肩にかけていたハンドタオルを渡してくれた。


「……血、着いちゃうよ」


 そんなん言っててもしょうがないでしょ、と言いながら男の子は傷口にタオルをかぶせてくれた。


ここでようやく脳に痛いという信号が伝達される。


「君何組で走るの?」


「さ、ん組だったと思う」


「ほらもう3組呼ばれてるよ!」

「私5組だからさ、組違うけど頑張ろうな!……気にすんなよ」


 そう言われて既に4組まで招集されていることに気づき焦り出す。


「ん、うん、ありがとう!」


 そう言って痛みに少しだけ顔を歪めながら立ち上がり、自分の走る組の集団までかけて行った。


 あんな状況で、少女漫画のような助けられ方をされたら流石に気になってしまう。


あの男の子「私5組」って言ったよな。なら走ってるとこ見れるかも。


「…ん?」

 男子と女子は走る組はもちろん別。てことは、だ。


 ―――女の子…!?


 仁那はブラジル人も呆れるほどの時差でやっとあの可愛い男の子が女子だったことに気がついたのだ。


そこで芽生えた恋愛漫画のような恋の行方は普通終止符を打つのだろうが、仁那の場合は少し違った。


 ……余計かっこいいんだけど。


 もう、その頃は小学校中学年だったわけで物心もとっくに着いている年だし、なんなら男女の交際とか、そういうことにも関心がいく年齢だ。


だが、そんなことは関係なく、好きになってしまったらその人が好きというように、仁那もまた性別など関係なく、好きになってしまったのだ。


しかも、女の子というギャップによって"気になる人"から"好きな人"に進級するという、なんとも不思議な現象が起こった。


 だが、その恋は秒速、かつ無理やり、幕を閉じた。


相手の名前も聞けずに終わってしまったのだ。


裕柊はその直後に、親の仕事の関係で隣の県まで引っ越してしまっていた。それから裕柊がもとの街まで戻ってくるのに4年かかった。


その為、芽生えた恋心もとっくの昔に忘れてしまい、走る事にただひたすら費やす日々を送っていた。

 

そして高校の入学式、裕柊の後ろ姿を見て全てが色鮮やかに蘇ってきたのだ。


「ねーにな?ねえって」


名前を呼ばれてハッとした仁那は、現実世界に強制送還された。

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