第9話 香り

部活の時間が短く、合宿組が帰ってきたこともあり、練習メニューも差程キツくもなかったため、残るは待ちに待ちまくった七海とのプリクラだ。今日はこれが1番メインの心肺トレーニングなのではと思う。


挨拶の後、2人で駅へ向かう。今日も七海は機嫌が良さそうだ。なんたって鼻歌まで歌い出してるからな。


「おまえ、鼻歌まで音痴じゃん」


好きな子には意地悪してみたくなるとか、そういう気持ちが分かった。鼻歌で音程を外しまくっている所さえも可愛くて仕方がない。


「え、私鼻歌歌ってた?!」


こいつ本気で言ってるのか。それなら尚更好きになるだろ。可愛すぎたろ。ほんとやめろ。開始早々ストレートパンチをくらうが、まだまだ。これは全然耐えれる許容範囲内。


「あ、見てあの雲。馬の上に乗ってる武士みたい。」


突然七海がそう言い出す。裕柊も雲はよく見る方だ。


「いや、私にはグッドサインしてる手に見える。」


えぇ違うよー、だってあそこが頭でしょ…。こんなたわいもない話を2人でしている時が1番楽しいな、と頬をほころばせた。


そうこうしているうちに、駅に着いた。


最近のプリクラの機械はよく分からないほど種類があって、ファッションとか、化粧とかには早めに手を出してきた自負はあるが、小さい頃は断然仮面ライダー派だった裕柊はそういうJKぽい事にはあまり近づかずに生きてきた。


その為、毎度どの機種にするのか迷ってしまう。一方七海はと言うと、小さい頃はプリキュア派だろう。


百均の前を通り過ぎる時、置かれている着せ替えのできる可愛らしいシールを見て、このシール集めもしていたとか言っていたっけ。


「ね、どれにしよっか」

「プリ機よくわかんないから任せるよ」

少しぐらい知っとけばよかったと思ったりする。


「おけおけ!んーじゃあ…、この新しく出たやつ試してみたい!」


いつもに増して七海の目は輝いているように見えた。やっぱり、どれだけ部活に浸っていたとしても女子高生は女子高生だな。おっと自分もJKということを忘れていた。


「ん!じゃあそれにしよ!」


七海の選んだプリ機は、今まで見た事がないようなモデルさんがイメージモデルとしてプリントされていた。


必ず、と言っていいほどプリ機のモデルさんの鼻の下には爪で引っ掻いたような傷で鼻毛が描かれている。モデルさんも可愛いのに酷なものだ。


200円ずつを機械に投入し、背景色を七海に選んでもらった。やはり幼少期プリキュア派だった女子高生は手さばきが違う。あっという間に初期選択を済ませ、撮影に入った。


「もっとこっち寄ってよー」


七海に言われて微妙な距離があったことに気づく。これでも精一杯近いはずだが、まだ足りないらしい。


練習後で汗をたくさん含んだ服を着ているので匂いが気になる。面倒くさくなったのか、七海から肩が触れる距離まで近づいてきた。


ふわっと、七海の性格とはイメージが違うような、女の甘い深い匂いが裕柊の鼻の奥をついた。練習後でもこんないい匂いするのか、すごいぞ女子高生。


甘い香り右ストレートをもろにくらい、ノックダウンされそうになる。感想もいよいよ中年男性化してきたようだ。


ちらっと七海の横顔に目をやると、あの3つのほくろが見えた。抱きしめたい。なんならついでにその頬へキス…いやいや。そんなことお構い無しにプリ機のお姉さんの音声は撮影を続けていく。


せめてもと、勇気をだして裕柊は七海の肩を抱き寄せてカメラに向かってポーズをした。

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