第8話 ナチュラル

7限目の授業のチャイムほど清々しい、爽やかな心地にさせてくれる音はこの世に存在するのか。そんな、一般的な感想を述べながら部活へ向かう支度をする。


「うわ、今日ABメニューじゃん!詰んだわぁ」


入学式から少し経ち、笠原高校陸上部のメニューや、コーチの練習内容の癖など順々に理解し出した。同時に同級生の陸上部とも、だいぶツッコミが入れれるほど馴染んできた。


ホームルームが終わり、同じクラスの陸上部である芦原優と、仁那と共に総合グラウンドへ向かう。


7限授業の日は基本40分ほど、部活の時間が削られてしまうのだが、そんなこともお構い無しに持久力系の練習を組み込んでくるコーチの気持ちが分からない、と仁那と優が二人揃って肩を落とす。


そんなことグチグチ悩んでいてもどうせこなさなければならないと分かっている事だ。だが、短距離が得意な選手にとってこんな苦痛はない、と裕柊も2人に同意する。


と、グラウンドの入口に七海と、3組の猿渡梅が歩いてくるのが見えた。七海は案外シャイなんだな、と薄々気づいていたが、そこそこ友達とも喋っている姿を見るようになってきて安心する。


我ながら親みたいだなと笑いながらも、その姿を見てどこかヤキモチを焼いている自分がいるのも知っている。


「あ、七海、うめきち、やっほ」


この1回目の挨拶で、今日の七海の機嫌が何となく掴める。喋りかける時は毎回毎回、どこかタイミングを見計らっている自分にビンタしたくなる。


ラフに、あくまでナチュラルに。こう考えていること自体、ナチュラルとは程遠いのだが。


「ゆうひ!ねねね、聞いて聞いて。国語の時三島先生がさ…」


お、今日はすこぶる調子がいいな。ありがとう三島先生。あの手入れがされていない鳥の巣の様な剛毛頭を思い浮かべる。


七海の機嫌がいい時は、自分まで上機嫌になるな。なんだか今日のメニューも頑張れそうだと、根拠の無い余裕が生まれ出す。



鬼の練習メニューが終わり、ペアストレッチをしていた。


七海とのペアストレッチも今日で終わりだ。明日からは合宿に行っていた佐藤綾乃、相場この実が帰ってくる。


この実は大会でも何度か顔を合わせていた。そのうちに友達を1人挟めば喋れるレベルになっていた。


この実達が帰ってくるのが楽しみな反面、七海とのペアストレッチの時間が無くなることへの不安もあった。


クラスが違うため話すきっかけと言えば、月曜日の美術の時間か、このペアストレッチ時間ぐらいしか無かったからだ。神様は意地悪だ。


「七海。明日からこの実たち帰ってくるな」


ん、そだね。と気のなさそうな返事が返ってきた。ホントこいつは興味がある事とない事への対応の差が分かりやすすぎる。


この時間が無くなることを残念に思っているのはこっちだけか、と片思いに片思いを重ねるような気分になる。


「ねね、明日さ、なんか知らないけど部活の時間短いの知ってる?」

「あれ、今度ある大会の会議にコーチとか、先生がこぞって出張するからだろ」

「あ、そなのね。でさでさ、明日部活終わってから駅行ってプリクラ撮らない?」


自分でも瞳孔が開くのを感じた。え、いいの?


高校に入って初のプリクラだ。きっと七海もそうだろう。それを裕柊と行きたいと言っている。


いや、大袈裟に聞こえるかもしれないが、恋をしている人の心境としてはこれが普通だろう。今は神様へ一生分の感謝を捧げたい。


「おー!いいね、いこいこ」

そう、あくまでナチュラルに、だ。


「じゃーけってーい」


やばいな、明日の夜までは死なないように気をつけて生活しよう。



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