触れる距離

第7話 首の境目

あと1分ほどのところで美術室に着いた。


肝心の席は、自由らしい。遅れてきたおかげで1番後ろの隅に2席だけ空きがあった。


「んじゃ、隣りすわろーや」


七海はそーだねと言い、先に席に座った。ほんと、こいつ何考えてるかわかんないな。


美術の時間は隣の人の顔を描いていく、という1、2位を争う定番所な事をするらしい。


「まずは左の人が、右の子を描いていこう。描く時のポイントとしては…」


50歳後半だろうか。所々白髪が目立つ、おっさん先生の長ったらしい説明を適当に聞き流しながら七海を見た。


「これ真っ直ぐ向いた方がいい?」


珍しく七海の方から目を合わせ、覗き込んできた。


「いや、横顔がいいや。ちょっと斜め向いてもらっていい?」


目が合うと絶対描けない、そう思った裕柊はとっさにそう伝えた。頬に熱を感じる。


描き出し始めると集中してしまい、しばらくの沈黙が続いた。七海をよく見ると、ほっぺに3つほくろがあることに気がついた。


「七海、ほっぺにほくろ3つあるんだ」


何気なく、そう言った。すると、あの時のような笑顔で、恥ずかしそうに


「そーだよ、七海座ななみざの大三角形」


と、おかしなことを言い出す。その声のトーンとはにかむ姿を見ると何故か恥ずかしくなり、誤魔化すかのように自分の鼻を触った。


「ついでに、うさぎにも似てるわ」


流れに押され、今まで思っていたことをここに来て暴露した。あるでしょ、そういう咄嗟に言ってしまうことは誰にもさ。


「うさぎ?私そんなこと言われたこと無かった。」


七海はボケっとした顔でそう答える。やっぱこいつ、何考えてるかわかんないんじゃなくて、なんにも考えてないんだなと納得した。


「ほんとだよ、すっげえ似てる。特に首が無いとことか、白いとことか、」


「なに!なんか言いたいことあんのかぁ」


「いやいや、言いたいことはだいたい言ったよ」


怒ったように、うさぎは少し口をふくらませた。初めて見る七海の少しふざけた表情に喉が渇く。そういえば、思っていたことそのまま言うとこがダメなとこだとか、昔誰かに言われたっけ。


「ほら、こことか…」


そう言って七海のどこからどこまでか分からない、境目の無い首元をつんっとすると、


「んわぁっ!」

すっ、と裕柊は無意識に息を飲んだ。


突然大きな声が美術室に響き渡る。そこうるさいぞ、とおっさん先生に注意を受けた。


ここはダメなとこだ。と直感的にそう感じた。だけどやってしまうのが裕柊の性格である。


「おまえ、ここ弱いん!覚えちゃった」


そう言い、もう一度つついてみる。相変わらず自分は性格が悪いなと、心の中で苦笑した。


「ねえ、まじでやめてってー!」

そう言い、うさぎは逃げ回った。


「おい、そこ席立つな。そろそろうるさいぞ!」


おっちゃん先生がしびれを切らしたらしい。


七海は、すみませーんと気のなさそうな返事をし、綺麗な二重を上まぶたで埋めた目で変顔をしているかのような、ふざけた顔で裕柊を睨んだ。


いつも赤い頬が今日は一段と濃く染まっている。


七海が動く度、一言発する度、ずっと触れていたい、くしゃくしゃにしたいという衝動にかられる。


裕柊はその瞬間、今までのモヤモヤした気持ちを理解した。


自分はどうしようもなく、こいつが好きなのだと。


そして2人は目を合わせると、静かに笑い出した。あぁ、この楽しい時間がずっと続けばいいのに。この子をずっと笑顔にさせてあげていたい。


裕柊はまた、頬の七海座の大三角形を見上げた。



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