第6話 名前

「涼、かっこいいこと言ってたなぁ」


裕柊は持ち前の量産型マッシュヘアをシースルーにアレンジしながら、昨日の夜のことを思い出した。


でも今までそんな感情、感じたこと無かった。裕柊はそんな、唐突な初めてに戸惑っていた。


いってきますと、いつものように親とデブ猫に向かって言い放ち、家を出る。大きなスクランブル交差点の反対方向から仁那が歩いているのが見えた。


「あー、にな!おはみ!!!」


いつもの、自分でもたまにおかしいなと思う程のテンションで仁那に駆け寄っていった。


「あ、ゆうぴ!おはよぉ」


仁那も仁那で裕柊のあだ名呼びを始めてるとこあたり、やっぱ自分と似てるなぁと思う。


「あれ、」


仁那の後ろに小動物がいることに気がついた。でも今日は全然目を合わせようとしない。


喋らないのも気まずいと思い、


「あ、昨日の、うさぎ…」

やばい。名前を聞いてなかったことに気がつく。


「うさぎ?」


仁那が不思議そうに、どこかおかしそうに聞き返してきた。これは完全なる私への、ディスりだ。


「私、七海。宮咲七海みやざきななみ。」


こいつ、今日はまだ1回も目が合ってないぞ。朝は苦手なタイプかな。そんなことを考えながら、


「ななみっていうのな!おけおけ把握〜!」


と相変わらずのフランクさで押し切り、学校までの道を急いだ。


仁那と七海は同じ町内に住んでいるらしく、朝はまだ道もわからないので一緒に来ることになったらしい。その話の流れで七海のLINEをゲットした裕柊はなんだか少し浮かれていた。



三限目、科目は選択科目。裕柊は美術、音楽、書道の中から美術を選択していた。案外絵を描くのがうまかったりする。ギャップ萌狙ってるってのは内緒で。


「誰か友達できるかな〜」


少しスキップ混じりに美術室へ向かう。


…あれ?美術室ってどこだ?裕柊は自分が極度の方向音痴だということをすっかり忘れていた。


私立高校なだけあり、大規模な校舎は3年生になっても迷いそうな程だった。


やばい。腕時計を見るとあと3分ほどしかない。ただただその場で足踏みをする。その1歩1歩が焦りを増加させていった。


その時

「あれ、裕柊、?」


聞き覚えのある、うさぎ、いや、七海の声だった。


「七海!よかったぁ。ここどこ、美術室ってどこ」


あれ、自分めっちゃかっこ悪いな。


「私も美術選択だから一緒に行こ」


初めてうさぎがかっこよく見えた。いや、これが最後かもしれないけど。


それに加えて裕柊ちゃん呼びから、呼び捨てにグレードアップしていることに気づき、七海との距離が少しずつ縮まっていることに心の中で大気圏を突破するまで飛び跳ねるぐらい喜んだ。

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