『ファンタジー』 その魂は二度と廻らない

 ――何度人生をやり直したって、独りじゃロクなことをするとは思えない。

 

 ……誰の台詞だ? 時折り、知らない人の言葉が過る。


 ――誰かを消費してまで生きてられるか。

 

 もう何度目かも憶えていない。

 

 ――転生とは生まれ変わりであって、決して成り代わりじゃない。

 

 ただ決まって、それは人を殺そうとした瞬間だった。


 ――死者は成長しないのだから、たとえ同じ魂を持っていたとしても……


「――だったら、俺の邪魔してんじゃねぇよ!」

 吐き捨てるも返事はない。


「ひっ……?」

 俺が殺そうとしていた男の声が漏れでただけ。


「ちっ」

 俺は男の首から手を離し、ナイフもしまう。

「二度と顔を見せるな。次は殺す」

 一応、脅しておくも効果があるかは疑問だ。現に、この男はと知っていて突っかかってきた。


「くそっ!」

 

 それだけの数を見逃してきた事実に苛立つ。このままでは、いつかやり返されてしまう。



「お帰りクー。また、派手にやりあったみたいだな」

 

 でも、だからこそ――俺は孤児院を追い出されることなく、受け入れられていた。どれだけ乱暴で喧嘩っ早くとも、殺人だけは犯さない。その事実が周囲に安心を与えているようだ。


「そんな派手にやってねぇよ」

「そうかい。けど、いい加減にしとかないといつか痛い目に遭うよ」

 

 忠告するのはシスター・メイヴ。この孤児院を任されている教会の人間で、親のいない子供たちの母親代わりでもある。


「あんたはもう子供って大きさでもない。それでも、この街の人間は可哀そうな孤児として見てくれる。けど、そうでない人からすればクソガキだ」

 もっとも、それにしては口が悪かった。


「わかってる」

「だったら、はっきりさせな」

「はっきりって?」

「大人になるか、罪人になるかだ」

「なんだよ、その二択は」


「どっちにせよ、ここからあんたを追い出せる」

 シスターとは思えない台詞である。

「あんたはまだ十四だからね。追い出すにも理由がいるのさ」


「んなもん適当でいいだろう」


「一応、神様のお仕着せを着ているんだ。嘘を吐くのは申し訳ない」

 シスター・メイヴはそう言って、自分の仕事へと戻っていった。


「はっきりさせる、か……」

 

 俺だって、そうできるならさせたい。だけど、駄目なんだ。誰かを殺そうとすると、変な声がする。知らない光景が過る。

 同時に――

 それは罪の意識なんてモノじゃない。だって、見せられた映像の中には沢山の死体があった。そう、声の主は人殺しの罪人だ。それでいて、俺が同じ過ちを犯そうとすると止めやがる。

 それが何よりも腹立たしかった。



 やったらやり返される。

 それは当たり前のことだから、俺がどうなろうと文句を言うつもりはない。


「シスターは、関係ないだろ」

 

 だけど、自分以外の誰かが巻き込まれるのは嫌だった。


「いいやある。シスターはおまえの親代わりだ。ガキの責任は取って貰わねぇとな」

 

 仕返しは夜半にやってきた。子供たちを寝かしつけ、シスターと二人で戸締りをしている最中――俺は殴られ、地面に倒れ込んだまま。


「だから言ったんだ。痛い目に遭うってね」

 そしてシスターは……見知らぬ男たちに乱暴されながら、いつもの軽口。

「どうした、クー。はっきりさせる時がきたってのに、何をぼけっとしてる?」


「……その状況で、何を言ってんだ?」

「ガキが捨てられるように女は犯されるもんさ」


「へへっ。シスターにしてはわかってんじゃねぇか」

 男は下卑た声で同意を示す。


「あんたは知ってるはずさ。人は人を殺す。男は女を犯す。そして、女は子供を殺す」

「……なにを、言って?」

 

 シスターの声に俺の中の何か――いや、が揺さぶられる。


「――神を殺す者レヴァ・ワンよ、

 

 果たして、その言葉で俺の意識は遠くなった。


「……」

 

 気づいた時には辺り一帯が血の海で、裸のシスターが膝をついていた。


「――神よ!」

 

 そして、俺に祈りを捧げる。


「ふざけんな。、かよ」

 

 俺の声……? いや、違う。俺は喋ってない。なのに、俺の声だ。


「また、男の死体と犯された女か」

「それこそが、貴方様を呼び起こす鍵でしょう?」

「おまえ、このガキを贄にしたな」

 

 贄? というか、どうして俺の身体を違う誰かが動かしているんだ?


「いいえ。ただ、だけです」

「確かに。贄は転がっている死体と、神に捧げられし修道女おまえの純潔のほうか」

 

 そう死体がある。俺を殴り、シスターを犯していた男たちの死体。俺が殺した? 殺せたのか? つまり、はっきりさせることができたのか?

 それを自覚した途端、俺の意識は薄れていく。


「おかげで、このガキはだ」

 最後に耳にしたのは聞き慣れた音色。

「オレに塗り潰されたこいつの魂は――もう二度と巡らない」


「それもまた定め」

 

 だけど、まるで知らない人たちの会話に聞こえた。


「ったく、だから転生なんてしたくないんだよ」

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