『ファンタジー』 死にたがりの神と最強の男
その道はさながら氷の橋だった。
今にも崩れ落ちそうな脆い道。下は溶岩に満ち溢れ、沢山の人骨が沈んでいる。
そして、待ち受けるは悍ましい魔物。
血まみれの斧を手に、あり得ない懇願をする。
――殺してくれ、と。
そこに信じられる道理はない。
たとえ魔物のもとに欲した
「いいぜ」
だけど、屈強な身体を持つ男は応じた。
「その代わり、オレの願いを叶えて貰う」
誰かが隠れていないかと期待して、蹴散らした瓦礫からでてきたのは棺。
そして、その中で眠るは紛うことなき剣であった。
刀身があって持ち手がある。夜の闇よりも深い黒が形を成し、死者の為に作られた空間を余すことなく使っている。
大きさからして神代の武器。
事実、漆黒の刀身を覗いて見えたのはあり得ない光景だった。
それでも、男は構わなかった。
氷の橋を駆け走り――瞬間、魔物が手に持った斧を振り上げる。
やはり、騙したのだろうか?
否、男はそうは思わなかった。
「可哀そうに」
その強さから、魔物の心情を察する。
「誰も信じられなかったんだな」
自分を殺せる存在がいるなんて。それでも死にたくて懇願するも――結局、信じられないで殺してしまう。
「安心しろ。オレは強いから」
気付けば男の手には黒い剣が握られ、魔物を斬り殺していた。
同時に、男の頭にあり得ない情報が去来する。
「なんだ、
しかし、それすらどうでもいい。
男の願いはただ一つ、
「さっさと、オレの仲間がどうなったか教えろ」
帰ってこない仲間たちの安否であった。
男の名はレイピスト。
仲間たちと魔境を開拓して生きていた。
その行為は恐れを知らぬ蛮族の所業とされたが、ついには安住の地を手に入れる。
そして、その功績を持って彼は王家に迎えられた。
それは名誉なことだった。彼自身、王家に憧れを抱いていたので王女と婚姻を結んだ。
だが、現実は過酷だった。
王家の一員として、レイピストは沢山の枷をはめられることになる。もう危険な真似はできないと、魔境の開拓も禁じられた。
さながら、調教を受ける獣の日々。
無骨な手が怖いと、王女は触れさせることすら許さなかった。子を作る行為の時でさえ、侍女が付きっきりで文句をつけた。
そこまでされてなお、レイピストは従順だった。
それでも、仲間たちの消息が途絶えたと知ると単身魔境へと乗り込んだ。
そうして、瓦礫の山からレヴァ・ワンを見つけ――神々の記憶を知るに至った。
神と魔の頂点が自害する為に創り上げた二振り。同属を食らう、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワン。
だがそれは数多の神と魔を食らい、その力を蓄えてから成し得るはずだった。
しかし、レヴァ・ワンは真っ先に神魔の頂点を食らった。
初めて神魔が協力したからか、その力はあらゆる想定を超えていた。
結果、レヴァ・ワンは誰にも扱えなかった。神と魔が触れれば即座に食われる。生半可な人間も同様――剣は持ち主を選んだ。
その為の試練があの橋と悍ましい魔物だったのだ。
王宮の地下室でレイピストは教会に語る。
もう、彼にはどうでもよかった。レヴァ・ワンは教えてくれた。仲間たちが既に魔物に食われたことを。
そして、その魔物は見つけ――犯した。
魔物に仲間たちの血肉が混ざっていると考え、食うか犯すか迷った末の結果である。
だが、その奇行を根拠にレイピストは捕縛された。
抵抗すればできたが、人間を相手にどうこうするほど理性を失っていなかった。それに彼もまた、誰かに殺して欲しいと思うようになっていた。
「……そいつはオレの子供か?」
それでも、狂ってはいた。
妻が息子を連れて顔を見せた際、レイピストは思いやりから殺すべきか考えた。自分の子供なら、まともに生きられるはずがないと。
だが、妻が庇うように隠す。その毅然な態度を見て、レイピストは漏らす。
「あんたが奥さんで良かったよ」
そう、かつて自分が憧れた王家は気高くて強かった。
「……あなたには、私の気持ちはわからないでしょうね」
「あぁ、わかんないね。なんでそこまで毛嫌いするオレの子を守ろうとするのか」
「それはあなたが強かったからです。どうしようもなく強かったから。私は……私が持てる全てを使って守らざるを得なかった」
「なんだよ、それ」
「私は強い女だった。だけど、所詮は女でしかなかった。そして、それを認めたくなかった」
だからですよ、と王女は繋いで繰り返した。
「あなたは、本当に強い男だったから……」
それっきり、ふたりは別れた。
時を置かずして、レイピストの処刑が始まったからだ。
王家と教会の連名でレイピストは裁きを受ける。他ならぬ、魔剣レヴァ・ワンで首をはねられて。
だが、他の人間が持てる時点で気づくべきだった。
契約が交わされたのは血であった、と。仮にも神魔の武器が一生の短い人を対象にした時点で、推してしかるべきだった。
ゆえに、レヴァ・ワンはしばしの眠りにつくだけ。
再び、レイピストの血縁が求めるその時まで――
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