『ホラー・ミステリー』 届けられたナイフ
――あのナイフは呪われていた。
連続殺人を疑われていた、同一凶器を使っての犯行。
その容疑者たち――三名は口を揃えて言った。
捨てても捨てても、帰ってくる。同じように、ポストに入っている。傷をつけても、壊しても変わらない。元の形のまま、そのナイフはポストに届けられる。
――まるで、使えと命じられているようだった。そして、正しく使えば解放された。
だから、他の人間に届けてなどいない。使った後は現場に放置していた。
それがなくなり、他の人間の手に渡ったというのであれば――あれは本当に呪われていた、と。
とはいえ、三名は揃って前科持ち。だから、最初の一人の際は誰も気に留めなかった。
だが、二人三人と続き――彼らの間に親交はおろか接点すら見当たらないとなると、風向きが変わった。不自然なほど一致する供述から、本当に呪いのナイフ説も囁かれた。
四人目――秋野信也(32)が逮捕され、そのナイフが警察に渡るまでは。
ポストを開けると、抜身のナイフが入っていた。
サバイバルナイフというのか、刃にギザギザが付いている。
悪戯にしては度が過ぎると、秋野信也は溜息を吐く。
現在は午前3時。もし誰かに見咎められたら、絶対に勘違いされてしまう。
だから、信也はそのナイフを部屋に持ち帰った。
オートロックもない、築数十年のアパートの一室。
そんな所に早十年。それでもなお、アルバイト生活を続けている。
「面倒くさ」
警察に連絡すべきだろうが、脛に傷を持つ身だからかその気は起きなかった。
信也はそのまま就寝し、目覚めたら正午過ぎ。
まずはシャワーを浴びて、食事を取りながらネットニュースに目を通す。
と、例のニュースの続報があった。
「呪いのナイフねぇ」
連続ではなく、ただの同一凶器による殺人。
面白いことに、容疑者たちは口を揃えて呪いのナイフ説を口にしているとのこと。
「もしかしてこれ、金になるかな?」
まともな社会人を経験していないからか、真っ先にそのような考えが過った。
ナイフの特徴については何処にも書かれていない。おそらく、模倣犯や悪戯を避けてのことだろう。
「となると、こいつは……?」
距離が離れていたにもかかわらず連続殺人を疑われたのは、傷が特徴的だったからに他ならない。それでいて公表されなかったのは、その凶器が珍しいものの手に入れるのはさほど難しくない――たとえばサバイバルナイフとか?
「けど、マスコミも警察も信用ならんしな」
自業自得だが、信也は過去に痛い目を遭っていた。
「つか、これが本当に呪いのナイフならあいつに送り届けたほうがいいか」
バイト先の上司。本当は殺してやりたいが、そんな真似をすればすぐにバレてしまう。
たとえこれが本物だとしても、もう連続殺人ではないとわかっているのだから、動機の線から信也は絶対に疑われる。
「本当にこいつが呪われているなら、あいつは誰を殺すんだろうな? そうすればあいつも俺と同じ――いや、俺以上の前科持ちだ」
そういった理由から、大嫌いな上司のポストにこのナイフを入れてやった。
果たしてその結果――信也は逮捕されることになる。
彼と違って上司はまともな倫理観を持っていたので、警察に通報した次第であった。
そうして、ナイフは鑑識に回され――全貌が明らかになった。
結論からして、ナイフは呪われていない。
それどころか、最新の技術が仕込まれていた。
――GPSである。
最初に凶刃を送られた者は知らなかっただろうが、ただの悪戯だったのだ。
ただ、それに気づかず間違えてしまった。
その結果に送り主は歪んだ快楽を覚え――味を占めたのだ。
もちろん諸悪の根源も逮捕され、沢山のナイフも押収されている。
しかし、彼の罪はさほど重くはならないだろう。殺人ほう助を問うにしては、些か関与が少なすぎた。ただ安アパートを選んで、やらかしそうな住民――何らかの前科持ちのポストに繰り返し、似たようなナイフを送り届けただけ。
その他諸々の罪には問えるが、すべてを合わせても殺人を犯した者たちほど重くなることはない。
果たして、その真実を知らされてなお、犯人たちは呪われたナイフ説を覆さなかった。
今度は呪いを電波に置き換え、殺人を犯すよう仕向けられたと喚き散らす。
あのナイフは呪われていた。
あのナイフは呪われていた。
あのナイフは呪われていた。
ただそんな中、秋野信也だけは自分の罪を認めていた。
「は? 呪い? そんなのあるわけないでしょ。どうせ、精神疾患者を装って罪を軽減しようって腹じゃないっすか? 俺はただ腹立つ奴に罪を擦り付けようとしただけです。まさか普通の家に監視カメラがあるとは思ってもいなかったんでバレちゃいましたけどね」
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