『恋愛・社会人』 ママチャリと長ネギと大根
「最悪」
買い物袋が破れ、私は呻く。
体調不良の中、大学を終えた帰り道のことだった。
「もう、やだ」
袋代5円をケチった結果がこれだ。
「大丈夫ですか?」
心配の声をかけられるも、男だったので私は拒絶する。
「大丈夫です」
「えっ、でも?」
なおも心配してくる相手に対し、
「手伝っていただかなくて結構です」
男は虚を衝かれたのか、
「んだよ、せっかく心配してやったのに」
文句を言いながら去って行く。
何が心配してやっただ! その上からの発言に苛立ちを覚えながら、私は転がった商品を拾う。
そのまま鞄に詰め込めないか悪戦苦闘していると、
「大丈夫ですか?」
また男の声。
「大丈夫ですから、放っといてください」
相手の顔すら見ずに返す。今は余裕がなかった。本当に体調が悪いんだ。
「なるほど」
男は理解を示した発言をしたと思ったら、
「確かにあなたは可愛い」
違った。
「は?」
「これまでさぞかし、男に迷惑もかけられたことでしょう」
私の顔を見ながら、その人は言う。
「でも、今のあなたは心底困っているように見えるから、もう1度だけ聞いておきます」
淡々とした口調に引かれて、私は相手の顔を見る。
「本当に助けは必要ありませんか?」
どう見ても年上。20代後半か30代。どちらにせよ、警戒すべき相手である。
「……っく」
なのに、私は泣いてしまいそうだった。酷い対応をしたのに、相手が優しい言葉をかけてくるもんだから……。
正直、男に甘えるなんて御免だと思っていたのに……気づけば、首を横に振っていた。
「助けて、ほしいです」
そして、子供みたいにか細い声で漏らす。
どうして? 相手が大人だから? 落ち着いて見えるから? いや、そんなんじゃない。そんなのでは安心できないことを、私は知っている。
「はい」
そう言って、彼は自転車の前かごに入っていた自分の荷物をハンドルにひっかけ、私の荷物を入れてくれた。
「そっか」
安心できた理由に思い至り、私は漏らす。
きっと、懐かしかったんだ。前カゴのついたママチャリが。買い物袋から飛び出ている長ネギと大根が。
そもそも、そんな出で立ちでナンパなんてするわけないと私は納得して、その人の好意に甘える。
自転車の後ろに乗って、また懐かしむ。お尻の痛みと誰かの体温。一人暮らしを始めて、寂しかったのかもしれない。私は誘われるように、彼の背中にしがみつく。両親とは違うけど、温かい感触は心地よかった。
「着きましたよ」
果たして、私が哀愁に囚われている間に見慣れたマンション前。
「なんで?」
思えば、私はナビゲートをしていない。
「同じマンションの住民だからです」
「うそ?」
「じゃなきゃ、助けませんよ。いくら可愛くても、あんな面倒な台詞を吐く人なんて」
「あれはぁ!」
言い訳が口を吐くも、言葉は続かなかった。
「まぁ、あなたの場合は必要な自衛なんでしょうね」
私を頭ごなしに責めないでくれたことが嬉しくて、またしても泣きたくなってくる。
「それで、まだ手助けは必要ですか?」
だから、私は頷いてしまった。
そうして、彼は私の部屋まで荷物を運んでくれた。それどころか、料理も作ってくれた。
ここまで来たら自棄というか――本当に私は弱っていたのだろう。
「あったかいのが食べたい。何か作って」
自分でも信じられない我儘を口にして、相手が応えてくれた次第であった。
「どうぞ」
「なに?」
「あんかけ豆腐」
ネギと大根おろしたっぷりの温かい生姜あん。美味しくて、体調不良にもかかわらず私はぺろりと平らげてしまった。
「それじゃ、失礼しますね」
「あっ、お礼」
「別にいいですよ」
「いや、そういうわけには」
「ちなみに、俺は弱っている相手をどうこうする趣味がないだけだから」
突然、彼は言葉遣いを変えた。
「口説いていいって言うんなら連絡先は教える。けど、そうじゃないんなら結構だ」
「……」
怒るでもなく、検討しだした時点で私の負けであろう。けど、自分から口説いてくれと言うのは抵抗があった。
「猫被ってたの?」
なので、茶化すように訊く。
「いや、あんたをガキ扱いしてただけだ。けど、口説くってなると対等だろ?」
「対等?」
「少なくとも、俺が恋人に求めるのはな」
それを聞いた瞬間、私の中で答えは決まった。
「じゃぁ、教えて」
「いいのか?」
「うん」
頷くと、彼は連絡先を教えてくれた。
私はさっそくメッセージを送り、彼の驚いた顔を見て満足する。
「おまえ……覚悟しとけよ?」
そう言い残し、去っていく彼の背中を見ながら私は布団をかぶる。早く元気にならなくちゃ。じゃないと、口説いて貰えない。
最後に自分が送ったメッセージを見て、私は眠りにつく。
『ちゃんと格好良く、口説いてくださいね?』
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