『ギャグ・老爺と犬』 田辺さんはかく語りき
毎朝公園へ赴き、若者の青春を見守るという傍迷惑な趣味が。
「ふぅ……」
老爺が定位置のベンチに付くと、高校生と思しき男子が犬の散歩にやってきた。
「
田辺さんはこの少年を勝手に孝と呼び親しんでいた。
「早い男は嫌われると知らんのか。のう、ポリデント」
一方、犬は白い毛並みからポリデント。
「現在時刻は6時30分。彼女が来るにはもう少しかかるぞ。ワシ調べでは38分から42分の間だからな」
まるでストーカーだが、田辺さんにそのような悪意はない。
「まったく、そわそわしてみっともな……!」
その時、遠くから犬の鳴き声。
ポリデントも応えて、公園内に遠吠えが響き渡る。
「なん……だと? 記録にない速さ。まさか、脈ありか?」
田辺さんが驚愕しながら目を向けた先には、黒い犬を連れた女性――孝の想い人がいた。
「それとも、孝を弄んでいるのか? いや、いくらアムラーとはいえそれはあるまい」
長い茶髪から、これまた勝手に名付けていた。ちなみに連れている犬はふさふさの毛並みからアデランス。
田辺さんのネーミングセンスと知識は壊滅的だった。
「それとも、オタクに優しいギャルは存在するというのか?」
それでいて、無駄な知識を積んでいるのが酷い。
しかし、そんな間違った知識を得てしまったのには悲しい理由があった。
田辺さんは昨年、息子を事故で亡くしている。長年喧嘩しており、ついに仲直りできないままの離別だった。
そのことを酷く後悔した田辺さんは、今更遅いと思いつつも息子を理解しようと努めた。
そうして、遺品であるスマートフォンとPCから息子を知っていく毎日。そこには自作の小説を始め、お気に入りの漫画や動画など息子の大好きが沢山残されており――田辺さんは日に日に間違ったアップデートをしていく次第であった。
「犬はいいな」
そつない会話をしているアムラーと、傍から見れば恥ずかしいほど緊張している孝。
その足元ではアデランスとポリデントが体臭を嗅ぎ合っている。
「だが、犬は馬鹿じゃない。あやつらは常に飼い主の気持ちを察している。ほら、みろ。距離を取り始めたぞ」
気づけば、アデランスとポリデントは自由だった。荒い息を繰り返しながら、飼い主の手綱から逃れている。
「犬でさえ、恋のキューピッドか。ならワシも人肌脱がねばなるまいか」
田辺さんはそう呟くも、
「――いや、違う!」
秒で意見を翻す。
老爺とは思えぬ機敏な動きで犬たちの後を追い――
「こいつら飼い主をほっぽって交尾してやがる! 所詮は犬畜生か! 卑しい! 実に卑しくてうらやまけしからんぞ!」
田辺さんは年甲斐もなく喚きだす。
「しかもポリデント! おまえがメスだったのか?」
当然飼い主たちも気づいて、駆け付けてくる。
「さすが孝。何においても早すぎる男。犬に先を越されるなど、人間としての尊厳にかかわるか」
そう解説する田辺さんの胸倉を、
「てめーさっきから何言ってんだ! あぁ!」
少年は掴み上げた。
「えっ? た、孝! な、何をする!?」
「おれは孝じゃねぇ!」
「なにぃぃ!? アムラー、孝を止めてくれ!」
女性は理解に苦しむ顔をして、犬たちを引き離していた。まさかそれが自分を示す呼称だとは思ってもいないのだろう。
「ポリデント! 主人の暴挙を止めるのだ!」
「だれがポリデントだ! 人の犬にまで変な名前をつけてんじゃねぇ!」
そうして、騒がしくなった公園に警察官がやって来る。誰かが通報したのだろう。
「また、あなたですが田辺さん」
と思いきや、田辺さんが常習犯だった。
「おぉ、孝!」
この老爺は誰でも孝と呼び親しむことから、度々トラブルを起こしていた。
「いいですか田辺さん、私もこの少年も孝さんじゃありません。孝さん――息子さんはもう亡くなったのですから」
その発言を聞くなり、
「えっ?」
少年も大人しくなる。きっと優しい性格なのだろう。
「……あの、俺は別にそんな迷惑をかけられたわけじゃないですから」
少年は田辺さんを庇う発言をした。
一方、女性のほうはトラブルはごめんだと早々に去っていた。
「……孝」
田辺さんがそう呼ぶのを否定せず、
「行くぞ、パンパース」
少年は白い犬と共に去っていく。
「――孝!」
堪らず、田辺さんは呼び止めた。
「……」
少年は答えず、足を止めて振り返る。
「ポリデントのほうがマシじゃないか?」
「うっせぇクソじじい!」
果たして、駆け戻って来た少年の飛び蹴りは不発に終わる。
「はい、ちょっとごめんね」
傍にいた警察官に取り押さえられ、
「これ孝、落ち着かんか」
「だから俺は孝じゃねぇ!」
田辺さんと少年は仲良く交番まで連れて行かれるのであった。
「まったく、きみが1番お利巧さんだねパンパース」
交番の前で警察官がそう言うと、
「わんっ!」
白い犬はおもむろにトイレを始めたのだった。
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