姫様は自分だけの恋を探している

安芸空希

だいたい2000字短編

『ギャグ・小学生』 ぼくと高橋さんの徹底抗戦

 3月31日生まれのぼくは思う。4月2日生まれの高橋さんはずるいと。

 だって、ぼくが9歳になったと思ったらすぐに10歳になるんだ。だから、ぼくたちにはまるでサルとゴリラかよってくらい成長に差があった。

 でも、女の子に向かってゴリラなんて言ったら駄目だよね。そんな悪口を言った瞬間ぼくが悪者、泣かれたらどうしようもない。


「あ、あの、ごめん」

 

 謝りながら高橋さんに近づくと、彼女の手がぼくの顔面を掴んだ。

 そういえばゴリラの握力ってリンゴを容易く潰せるって知ってた? そんな軽口も言えないくらい高橋さんの力は凄まじくて、ぼくは泣くほど後悔した。

 というか本当に泣いていたんだけど誰も気づきやしない。

 高橋さんの大きな手がぼくの涙を隠しているからだ。狙ってやっていたとしたら大したものだ、と指の隙間から見えた彼女の口元は笑っていた。

 うん、この女はやっぱずるい。涙を流しながら笑ってぼくの顔面を潰すなんて。

 ……ねぇ、ぼくの顔面は涙と鼻水でぐちゃぐちゃなのに微塵も力が緩まないってどんだけ強いの? 慈悲はいずこ? 迷子かな?


「……ごめんなひぁい」

 

 痛すぎてもう、ぼくには謝ることしかできなかった。

 それで解放されるも、待っていたのは先生からのお説教。ぼくが一番痛い目にあって一番涙を流して一番謝っていたのに酷いよね。

 だから、ぼくは復讐を誓ったんだ。


「これ昨日のお詫び」 

 

 翌日、ぼくはプレゼントを渡した。高橋さんは上等な箱に笑みを見せながら受け取った。


「は?」

 

 だけど、開けるなり物凄い形相。


「それとっても高かったんだよ! 500円以上もしたんだから!」

 

 殴られないようぼくは訴える。


「百貨店で買ってきたんだ! 昨日のお詫びに! 高橋さんの為に――高級バナナを1本!」

 

 これだけ言って殴ってきたら今度は高橋さんが悪者になる。彼女もそれに気づいてか引きつった顔でお礼をいった。


「ありがとう」

 

 感謝の気持ちから逸脱した怖い顔だった。

 それでも、ぼくは確かな勝利を味わっていた。

 

 果たして次の日、同じようにぼくは差し出す。


「高橋さんの為に! これまでのお詫びに!」

 

 本日はイケメンゴリラの写真集。高橋さんは分厚い本を振り上げはしたものの、殴りはしなかった。

 けど、これに関しては失敗だ。意外とお気に召したのか、高橋さんは休み時間の間イケメンゴリラを眺めていた。加え、他の女子たちも一緒に楽しんでいる。

 ぼくは彼女を喜ばしたいわけじゃないのに……。


「さて、今度は何を買うか……!」

 

 財布の中を見て、ぼくは愕然とする。なんていうことだ! お小遣いを貰ってまだ1週間も経っていないのに……。


「ぼ、ぼくのお小遣いがバナナとイケメンゴリラで消えるなんて!」


「人を呪わば穴二つ」

 高橋さんが馬鹿にするように言った。


「た、高橋さんなんてゴリラと結婚しちゃえばいいんだ!」

 

 完全に負け犬の遠吠えだったけど、廊下で聞いた先生は勘違いしてぼくを叱った。

 果たして、学校が終わった後もぼくは落ち込んでいた。


「あんた馬鹿じゃない?」


「うるさいやい」

 無視して帰ろうとすると、


「実は私のほうもプレゼントを用意してるの」

 

 振り返ると悪戯じゃなかった。高橋さんの手にはプレゼント袋。


「はい、昨日のバナナのお返し」

 そう、はにかむ高橋さんは可愛かった。

 

 ぼくは彼女の背中を見送ってから中身を確認すると、

「あのゴリラ女!」

 入っていたのは「サルでもできる反省の仕方」という本だった。


「こうなったら徹底抗戦だ!」

 

 そうして、ぼくと高橋さんの闘いの日々が始まった。勉強、運動、図工とあらゆるジャンルで戦いを挑み、ぼくは敗北を味わう。


「あんた、私があげた本読んでないでしょ?」

 ことあるごとに高橋さんは言った。


「うるさいやい」

 そして、ぼくはそれを無視していた。

 

 だけど、何一つ勝てなかったのでやけくそで読んでみた。すると、なんていうことでしょう。この本を読むことでぼくは賢くなったのです。

 

 次の日、ぼくはさっそく本で学んだ技を披露した。


「……なんの真似?」

「反省している顔」

「えっ? 顔だけ?」

「うん、顔だけ――反省!」

 

 高橋さんは拳を握り締めしめるも、振るいはしなかった。

 ふっ、勝った。ぼくは調子に乗って、高橋さんの前では常にその顔をするようになった。反省反省反省。日に日に握りしめた高橋さんの拳が大きくなっている気がするけど、見なかったことにしよう。

 

 でもそれが失敗だった。それからしばらくしてスポーツテストがあった日、高橋さんの握力は学年で1位を記録した。


「いつかあんたを殴れる日を期待して毎日鍛えているから」

「へ、へー……でも、ぼくは殴られるようなことはしないから」

「それならそれでいいの」

 

 気づけばぼくは真面目になっていた。だって、ふざけたりしたら高橋さんに殴られる。あの拳でぶっ飛ばされる。

 

 ……あれ? なんかぼく、調教されてない? これなら反省の仕方をきちんと学んだほうが良かったんじゃ……? と思うももう遅い。


「反省」

 

 そうして今日もまた、ぼくは顔だけで反省を示し、高橋さんの拳はより強くなっていくのだった。

 

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