第6話 世界で一番臆病な剥製【3/3】

「いま思えば、逃走兵である自分にふさわしい無様な最期だったのだろうな」


 目日田が話を終えると、篝はため息をついた。電車の速度が少しだけ上がる。


「長いしつまらない。1点ね」


「そんなこと言うのはやめなよ。せっかく目日田さんが話してくれたのに」


 篝の隣に移動していた景が言った。景と入れ替わった掬は窓から流れていく風景を眺めている。篝は久しぶりに右側を見た。


「いつのまに入れ替わって……っていうか、掬なんて聞いてすらいないじゃない。1点あげたあたしの方がよっぽど誠意があるのに、また掬のことばっか特別扱いして」


「そ、そんなんじゃないって。篝が自分から聞いたのに、1点とか言ってるからじゃないか」


「話が面白くなかったんだから仕方ないじゃない。聞いたことある名前が出てきたから聞いてあげてたのに」


 篝のその言葉に、目日田が大きく目を見開いた。


「まさか、纏さんを知っているのか?」


「名前を聞いたことあるってぐらいよ。お婆さまの名前じゃなかったはずだから、たぶんひいお婆さまの名前ね」


 目日田はさらに大きく目を見開いた。


「ひいおば……! 自分と諸君との間には、そんなにも世代の差があるのかね!」


「世界大戦ってなると、そんなもんなんじゃない? シゲとか羽月とかはどんなもんなのかわからないけど」


「たまげたな。どうりで汽車が自分の知っている形と違うわけだ。纏さんも剥製になって眠っているのだろうか?」


「知らないわよ。そんなこと――」


 篝はあることに気づき、目日田を睨み付けた。


「まさか、纏お婆さまが剥製になってて動き始めたら、羽月から纏お婆さまに乗り換えるつもりじゃないでしょうね?」


「な、何をいうのだ! 自分は最初から、羽月さんへの気持ちは恋ではないと言っているではないか!」


「それって纏お婆さま一筋ってこと? 掬の髪が怖いくせに、よくそんなこと言えるわね!」


「仕方ないではないか! 死の間際に見えた髪の色が目に焼き付いてしまっているのだ! それに、自分が纏さんに会いたいと思っているのは、自分が呼ばれた理由と殺された理由が知りたいからであって、不純な動機などではない!」


「どうかしらね。そんなこと言って、また恋愛にビビってるだけじゃないの? そんなんだから――」


「篝! ストップ!」


 景の声だ。だが篝は振り向かず、目日田をにらみ続けた。


「止めないで景! こういう奴とはきっちり話をつけないといけないのよ!」


「そうじゃなくて! 前!」


「だから――え? 前?」


 篝は正面を向いた。線路がものすごい速度で後ろに流れている。それはまるでループしているかのようだった。だが、エンドレスではない。終わりが見えている。


「な、何よあれ……? 線路がなくなってるじゃない!」


 百メートルほど先だろうか。線路がひしゃげ、ねじ切れていた。篝はアクセルレバーとブレーキレバーを力いっぱい停止へとひねる。


 列車は悲鳴を上げながら一気に減速した。全員の体が前へと引っ張られる。


 景は掬をかばって背中をフロントガラスに打ちつけた。篝はレバーに体重を乗せて、なんとかこらえる。目日田はガラスに頭を打ちつけた。生きている体だったら失神していただろうが、今の目日田にとっては痛くもかゆくもない。


 線路の終わりは驚くほど近くまで来ていた。


「か、篝……! 何かないの!?」


 景が悲痛な声を上げる。篝は歯を食いしばって体を起こした。


「何かって言われても……! そうだ! 砂よ砂! どこかに砂撒きペダルない?」


「ペダル? 今探し……うわ!」


 掬の頭に乗るフクロウが羽ばたいた。バランスをとろうとしているだけなのだろうが、景の視界を大きくふさぐ。これではペダルを探すどころではない。


「ペダル……」


 掬が篝の足元に足を伸ばした。それと同時に列車が何かを削るような音を立てながら、大きく揺れ始めた。それが砂のおかげなのか、それとも路面が悪くなっただけなのかはわからない。何にせよ、列車は減速を強めた……が――


 篝たちの視界から線路が完全になくなった。


「――――!」


 いくつもの悲鳴が重なる。レールから解放された列車は大きく跳ね上がった。運転室にいた全員が宙に浮き、すでに死んでいるのにも関わらず命の終わりを感じ取った。全員が床に叩きつけられると同時に、列車は静まり返る。


「痛……くは、ないなぁ。掬? 大丈夫?」


 景は胸元に突っ伏す掬に声をかけた。掬は顔を上げ、静かに何度も頷く。いつの間にか飛び上がっていたフクロウが掬の上に戻ってくる。


「あぁもう! いつまでも乗っかってるんじゃないわよ!」


 運転室に平手の音が響いた。目日田が左頬をさすりながら起き上がる。篝はその下敷きになっていた。


「く……そもそもは貴様の不注意が原因ではないか!」


「うっさいわね! あんたが変な話をするのがいけないんでしょ!」


 篝が体を起こして目日田の胸倉をつかむのと、運転室のドアが開くのは同時だった。


「大丈夫かい!? あんたたち!」


 羽月が開いたドアから運転室の中を覗き込んだ。その腕に抱かれた翼は、眠っているのか羽月の胸に身をゆだねて動かない。


「ええ、まぁなんとか」


 景も体を起こした。


「羽月さんたちこそ大丈夫でしたか?」


「驚きはしたけど、なんともないよ。こっちに比べりゃ、後ろなんて揺れてないようなもんだろうしね。まったく。もっと注意して運転してほしいもんだね」


「うっさいわね」


 篝は目日田を突き飛ばし、立ち上がった。


「目日田が変な話をするから、ブレーキが遅れたのよ。あたしが悪いわけじゃないわ」


「変な話だって?」


 羽月が顔をしかめる。


「男の子だから多少は仕方ないのかもしれないけど、女の子に変な話をするもんじゃないよ」


 羽月はそれだけ言って立ち去った。


「ま、待ってくれ羽月さん! 違うのだ!」


 目日田は篝につまづきながら運転室を飛び出し、羽月を追った。


「まったく、なんなのよ」


 篝も立ち上がり、景と掬を立たせて外に出た。

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