5.

 聞こえたその泣き声は、大きな雪の塊が屋根の上に連なる住宅地の奥のほうから聞こえてくるようで、微かな声量ではあるものの、家屋の中で泣いているとは思えなかった。


「どうして赤ちゃんが外に……?」


 気になったノエルは、フードが風でめくれないように両手で押さえると、積もる雪を踏みしめながら泣き声を頼りに歩きだす。


 徐々に雪道を進むにつれ、赤ん坊の泣き声がより鮮明に聞こえてくる。

 長い睫毛まつげにも雪が積もって視界がせばまり、強風で何度も小さな身体が後ろへ押される。今のノエルはもう、豆乳や生姜鍋のことなど忘れていた。

 吹雪が少しずつ弱まってきたので、ノエルは毛糸のミトンに包まれた手を両耳にそえて、泣き声のぬしの居場所を探る。


「あそこの物置小屋からだわ!」


 雪の障害物に足を取られながら、駐車場のすみっこにある古びた物置小屋へ辿たどり着くと、不思議なことに、赤ちゃんの泣き声が急にピタリと止んだ。

 ノエルは、壊れて開いている扉から中をそっとのぞき込む。

 お腹の白いサバトラ柄の子猫と目が合い、思わず頬を一瞬だけ緩めるも、すぐに破顔を元に戻した。

 その子猫は薄闇の中で、母親であろう同じ柄の猫に寄り添ってこちらを見ていたのだが、横になっている母猫の瞳孔は白く濁っており、幼いノエルにも、母猫が死んでしまっていることを理解できたからだ。


「ニャンちゃん、ニャンちゃん、おいで」


 ノエルはその場でしゃがみ込み、物置小屋の中へ手を伸ばす。

 だが、子猫は警戒しているのか、鳴き声も上げずに、ただじっと見つめるばかりで近づいてはくれない。子猫は小首を傾げたまま、不思議そうにノエルを見つめ続けていた。


「ニャンちゃん大丈夫よ。寒いでしょ? こっちへおいで」


 思わず前のめりになると、子猫は素早く真横をすり抜け、雪道へと走り去ってしまった。


「あ! ニャンちゃん、待って!」


 ノエルも駆け足で後を追うが、子猫の姿はもう消えていて、雪の上に点々と子猫の足跡が長い帯となって残っているだけだった。

 辺りは静かで、人影も無い。

 雪の降りは徐々に弱まってはいたが、止む気配は無かった。


「足跡が埋もれるまえに、あのニャンちゃんを見つけなきゃ!」


 どこまでも続く小さな痕跡を追いかけて走りだすノエル。

 足跡は、途中からクネクネと曲がったかと思えば引き返して右に曲がり、また引き返してはクネクネと左に曲がる。


 気まぐれなのか用心深いのか──

 子猫はいまだに、その姿を見せてはくれなかった。


 進むたび、積もった足が深く雪に沈む。

 それを引っこ抜いてよろけつつ、前へと何とか進んで行くが、ノエルの体力は徐々に奪われていった。

 呼吸まで荒くなると、白い息が視界をさらに曇らせ、長い睫毛にまとわりついて凍りついた。


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