第3話
「モルガンに買収された者の調査を本格的に始めたらしい」
「放蕩者の無能だからと玉座にすえたが、意外に食えぬ若造だったようだ」
「どうする、このままだと我々の立場も危うくなるやもしれぬ」
「そのことだが、王を密かに幽閉する案を皆と相談中だ、お主もこの案に同意してほしいのだが」
王宮にいくつもあるサロン室での会話に、一瞬だけ息をのむ幽閉案を持ちかけられた側近。
「いくら実権が我らにあるとは言え、玉座の
「そう、実権は我らにある、このさい先鋭化してきた王に影響力がつく前に、玉座の
それを聞いて生つばをのむ側近はあっさり承諾。
「わかった、お主の案に乗ろうではないか」
うなずく二人。
「しかし王も愚かよ、無能を装っておけば幽閉などされずに済んだものを」
「だから若造という、乳くさい正義感と小さな才覚を振るわずにはいられない、世間を知らぬとはそんなものだ」
「なかなか面白そうな話をしているではないか、私にも詳しく聞かせてくれ」
バルコニーから現れたのは王の訓練師範であるモウモウだった。
「貴様!」
「ここは3階だぞ、どうやって上ってきた」
「空にグータッチしたくて飛んできたらヒソヒソ話が聞こえてな、つい聞き耳をたてた」
高さ4メートルの天井に頭がつきそうなほどの巨体を前に、青ざめる側近二人。
「牛のぶんざいで人間の言葉をベラベラと」
「入って良いと誰が許可をした、ここは選ばれた者だけに入室が許されたサロン室、牛は外の訓練場で草でも食べていろ」
「そうか、どうやらお邪魔だったようだ」
大きな体を反転させ退室しようとするモウモウの足元が、とつぜん凍りつく。
「聞かれたからには生かして返さぬ」
大臣の魔法『コールド・ストップ』が発動され、モウモウの膝頭から下を氷で凍結させた。
「これはなんのマネか」
「これからバーベキューになる牛は、なにも知る必要はない」
もう一人の側近が胸元で両手のひらをかざすと、小さな赤黒い炎がわきだした。
「ヘル・ファイヤーか、王宮内で保身のためだけに弁舌をふるってきた大臣にしては、そうとう物騒な魔法を使うではないか、で、それでどうするつもりか」
「知れたこと、お前を骨ごと灰にする」
「なるほど、それで私を灰にできると」
大臣が地獄の業火『ヘル・ファイヤー』をモウモウに向かって放とうとしたとき、部屋全体が巨大な圧力につつまれる。
それはじょじょに側近二人の体を圧迫し、絨毯の床に膝をつき、ついで両手をつくほど強力な見えない力に押し潰されそうになる。
ガラスが割れるような音とともに、足元をおおった氷は脆くも崩れさり、ふりかえって四つんばいになった二人に近づくモウモウ。
「いいかよく聞け、王はあれでなかなか優しい人間だ、貴様らの企てを聞いたからとて、そうそう首をはねたりはしない、だがな」
巨大な牛に見下ろされる側近たちは、息もたえだえに話を聞いた。
「私は違うぞ、かけがえのない友に危害をくわえる者に容赦はしない、そして覚えておけ、お前たちの前にいる牛は、その気になれば気迫だけで貴様らを薄い肉のパンケーキにすることができる、そんな存在だとな」
モウモウは言いながら、大臣の両手のなかに灯されたヘル・ファイヤーの
「彼らが考えそうなことだな、僕が周りの意見にうなずくだけの王なら、そんな計画も必要なかったんだろうけど」
訓練場の芝生で話しこむ王とミノタウロス。
「私がじゅうぶんに脅しておいたので、簡単には凶行策にうってでまいが、姑息なヤツらのこと、機が熟せばいつ断行してもおかしくはない」
聞いてため息をつく王。
「王である以上、彼らの凶行を恐れて無言でいるわけにはいかないよ、僕の態度が気に入らないなら、なんでもするがいいさ」
「なんでもされては困る」
「モウモウが僕の身を案じてくれるのはありがたいけど、これでも一国を統べる玉座の主、国民に対する責任を放棄して、逃げるわけにはいかない」
「君には君の責任もあるだろうが、私には私の考えがある、君には王の座を離れてもらう」
驚いたように親友を見上げる王。
「なにを勝手なことを、簡単に玉座を離れることができるなら、こんなに悩んだり苦労したりしないさ」
「代わりならいくらでもいると、君自身の口で言ったではないか、その意見に私は賛同し、もうすでに第四皇子の親である先王の第三夫人に打診しておいた」
王の開いた口が塞がらない。
「夫人は嬉々として準備を進めている、今さら後戻りはできないぞ」
後戻りをすれば内紛が起こる、モウモウの言葉をそう理解した王が。
「3歳の子供に重責をおしつけて僕は逃げだすのか、いや、やはりそこまではできない」
首をふる王にモウモウが語りかける。
「試しに聞くが、もし私が異界の王宮で命を狙われているのに、玉座に固執していたら、君ならどうする」
「それは卑怯な聞き方だね」
互いの関係性ならば同じことをする、王はそれも理解していた。
「私は友のためならいつでもエゴイストになれるんでな、なぁに心配するな、もともとなに1つ実権が与えられなかった君主がいなくなっても、側近たちが嫌でもなんとかするさ」
「いくらお飾りでも、それはそれで情けない」
モウモウは立ち上がり王に手をさしのべた。
「この国の中枢は堕落している、しかし豊富な資源を武器としての大国である以上、簡単には外敵に滅ぼされることはないだろう、だだし」
「内側から崩壊する危険はじゅうぶんにあるよね」
「そのときには君の才覚が必要になる、国に戻るのはそれからでもいいと思うが」
さしのべられた大きな手を小さな手で受け止める王。
「まだまだ世界には僕の知らないことも多い、見識を広げるためにも放蕩者にもどって旅をしろと、モウモウは言いたいんだね」
静かにうなずく巨大な牛を見つめて、微かに瞳が輝いたかに見える王だった。
数日後、王宮内が騒然となる。
「王がどこにもいないぞ!」
「探せ!そして国外に出られぬよう国境を封鎖しろ!」
謁見の間を右往左往する側近たち。
その光景を玉座に置かれた王冠が無言のまま見守っていた。
性急に国境が封鎖されたころ、
「玉座から解放された気分はどうだ」
王は青い髪をなびかせ。
「今の僕はエゴイストの塊で、ただの放蕩者だから」
大きく息を吸い。
「最高だね!」
モウモウが見下ろす小さな少年が雪山を指さし。
「まずはあの山を目ざす!」
「寒い」
「寒さと険しさを知らない者に、暖かさと安定のありがたさは理解できないだろ、これも王には必要な経験なのさ」
モウモウが息を吐きだすと、白い水蒸気となって空に上がってゆく。
「雪山の後はどうする」
「とうぜん・・」
少し歩きだしてから振りかえる元王。
「仲間の様子を物色してから、この旅に無理やり引きずりこむ」
言って不敵な笑みを浮かべる。
「悪い目がもどってきたなルヴァン、玉座につく前の目だ」
モウモウから久しぶりに名前で呼ばれ、微笑むルヴァンの瞳が活気でみなぎった。
「行こうモウモウ、世の中には玉座より、僕たちの好奇心を満たしてくれることがたくさんあるはずだ」
「あるといいな」
「あるさ、たっくさんね」
大小の背中が遠のいて行くと、ルヴァンとモウモウが立っていた場所に、高山植物の花が可憐にゆれていた。
まるで彼らの旅を祝福するように。
完。
デコレーション・キング 枯れた梅の木 @murasaki123
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