第2話

 「武具の製造を完全に輸入に頼るのではない、ドワーフの製造技術を習得するため職人の交流を活発にし、自国の武具研究に生かそうと言うのだ」


 「ドワーフたちが自分たちの技術を、簡単に解放するわけがないでしょう、野蛮な種族にとって、製造技術だけが生活のよりどころなのですから」


 「野蛮?」


 王の瞳に熱気がこもる。


 「戦乱に明け暮れる人間たちより、ドワーフたちの方が交戦的だとは記憶にないが、戦事学者の意見は違うようだ」


 「わたくしが指摘したのは血統のことですよ、確かにドワーフは争いを好みません、しかしそれは単に争うだけの度胸もなく、戦略や戦術を立案するだけの、知性を持ち合わせていないからではありませんか」


 「戦争を回避するだけの工夫ができる分、知性はドワーフの方が上だと思うが」


 会議の参加者以外なら王の発言は正論だったが、ここは特殊な空間、あざ笑う声が低くひびいた。


 「王にも困ったものだ、牛を飼うことに慣れてしまい、異界の種族の方が人間より知性が上などと」


 「王がかってにそう想像するのはご自由ですが、我々までそんな幻想につきあってしまえば、国は滅びます」


 「口をつつしめ、私の訓練師範は牛じゃない、異界の国では四天王と呼ばれた重鎮だ、そして私の友でもある、その友に対する冷遇に寛容でいられるほど、お前たちの王は気が長くはない、それを忘れるな」


 さすがの参加者たちも、王の怒りを込めた視線にいったん沈黙するが、ほとぼりが冷めるとまた口を開く者。


 こうして王の意向にそわぬ議論がえんえんと繰り返された。



 剣と斧が激しく交叉する。


 刃が交わるたびに火花と金属音が鳴りひびき、芝生の訓練広場をものものしい雰囲気にしていた。


 体を螺旋状に回転させる王の必殺技『ソード・オブ・トルネード』が、異界の四天王に連続攻撃をくわえ、それを斧の平たい部分で受け止めるミノタウロス、ニックネームは『モウモウ』。


 斧で受け止められた王の剣撃はそれでも緩むことはなく、竜巻のいきおいそのままに、巨体がもつ巨大なトマホーク戦斧の刃をけずり始めた。


 モウモウは竜巻を強く押し返すと、回転したまま弾き返され芝生に着地する王、周囲には乱れとんだ芝生が螺旋状に宙空に舞いあがり、そして舞い降りてくる。


 「わざわざハンデのために、国産のトマホークを使ってくれるのはありがたいけど、そうなったらドワーフの戦斧せんぷに変えるしかないね」


 不敵に笑う少年王の視線の先を、同じように視線で追ったモウモウの瞳には、ひび割れ、続いてくずれ落ちるトマホークの刃が映る。


 「いや、これで十分だ、大技でさ晴らしをする今の君にはな」


 それを聞いて眼光が鋭くなる王。


 「いくらモウモウでも油断がすぎるんじゃないか、怪我をしても知らないよ」


 「問題ない」


 刃が崩れたトマホークのにはほこが残り、切っ先を王に向けて構えをとるモウモウ。


 同時に王の体が閃光につつまれ、幾つもの残像を作りながら地面と宙を滑るように、モウモウの巨体にいっせい攻撃をしかける。


 王の剣技、その名も『ライト・ムーブ』が炸裂したかに見えたが、高速に移動するライト・ムーブを遥かに凌駕する、モウモウの柄がすべての斬撃を払いとばし、ついでに王の防具まで粉砕。


 空中に突き上げられた王の体が落下してきたとき、モウモウがそれを受け止める。


 しかし巨腕きょわんに抱き止められた王の意識は、すでに夢の彼方に押しやられ、気の抜けた寝顔を友の眼前にさらすハメに。


 時間にして10分、芝生に寝かされた王が目を覚ます。


 「いい加減にしろ!内容のない議論を寿命が尽きるまでやるつもりか!?」


 寝起きの開口一番に、となりに座っていた訓練師範はおどろく様子もなく。


 「目が覚めたか」


 王はあわてたようすで周囲をぐるりと見渡し、つぎに息をはいて力を抜く。


 「気を失ったか、情けない」


 「そうとうストレスが溜まっているな、寝ている間もずいぶんうなされていたぞ」


 腕を枕に寝ころがる王。


 「うなされもするさ、毎回実りのない議論をダラダラと聞かされる身だからね、まるで拷問を受けてる気分だよ」


 王の瞳に小さなヒバリの姿が映りこむ。


 「しょせん僕は飾り物の王様なんだ」


 静かに聞き耳を立てるモウモウ、王は気心の知れてる者の前では僕と表現する。


 「あんな側近たちが嫌で皇太子である第一皇子も、大人しい第二皇子も外国に逃げ出したんだ」


 「君が先王の危篤を知り旅から戻ってきたら、すでに二人とも国外に出奔したあとだった」


 「そう、それで仕方なく僕が玉座についた」


 大臣や学者の白い目がならぶ中、戴冠式が執り行われた光景に苦い思いがよみがえる。


 「そんなに嫌なら第四皇子がいるではないか」


 「まだ3歳だよ」


 「摂政を置けば問題ない、皇子の母親である先王の第三夫人も、野心むき出しで乗り乗りだしな、王の座を移譲してやれば喜んで承諾するはずだ」


 「血統にこだわる側近たちが、他種族のハーフである義母に玉座をあけ渡すことを良しとしない、モウモウも知ってるだろ」


 難色をしめす王にほほ笑むモウモウ。


 「夫人は何かと我が強い性格だからな、それよりは君の方がぎょしやすいと思った結果、大きな反対もなく戴冠式が行われた」


 無言でうなずく王。


 ヒバリのさえずりをこの時は心地よく聞いていた。



 「国境紛争か」


 「ハイ、衝突じたいは小規模なものですみましたが、当事国のモルガン国が賠償金を要求してきました」


 「いくらだ」


 「金額にして1000万ゴールド」


 報せを聞き会議室の側近たちが色めき立つ。


 「国家予算の1ヶ月分か」


 「軍事国家の言いそうなことだ」


 「侵攻をチラつかせて金品を脅しとるのは野盗のやり口、まともな国家とは思えぬ蛮行ですな」


 これにはうなずく王。


 「モルガンの使者に伝えてくれ、検討ののち回答するまでしばし待たれよと」


 伝令役が室内から退出しようとして、大臣の一人が呼び止める。


 「王よ、ここは即断が肝要ではありませぬか、時間をかければ相手に侵攻の口実を与えるやもしれません」


 「その通りです、いくばくかの金品を出し惜しみして、戦端が開けてしまえば、両国とも甚大な被害が懸念されなす」


 「悔しいですが相手の要求を飲むことも、大国の度量と言うものかと」


 極端に消極的な意見に王は机を軽くたたいた。


 「度量も何もない、私は検討すると言ったのだ、衝突現場を調査して、双方の意見に隔たりがないか検証することなく、一方的に賠償金を拠出しては、民の税金を無駄にすることになる」


 「しかしですな、戦争が起これば賠償金どころの話ではなく、国内すべての者たちが被害を被ります」


 「一時の汚名を甘受なさるのは、王の威厳をしめすことにも繋がります」 


 威厳の言葉に反抗心をむき出しにする王。


 「民や兵士のために汚名を甘受することはなんでもない、だが威厳を示すとはなんだ、列強の理不尽な要求を簡単にうけいれて、民衆から集めた大切な血税を差し出すことの、どこに威厳があると言うのか」


 しごくまっとうな意見のように思えたが、会議室には王を愚弄したせせら笑いが起こる。


 「若くして玉座におつきになったためご苦労も多いでしょうが、感情を抑えるのも王の務めです」


 「国を思う側近たちの進言が辛辣になったからと、怒りをむき出しにして忠臣を恫喝していては、国家の発展は望めません」


 「この国を思うのは皆おなじ、価値を共有し理想を実現するためにも、王には聞く耳を持っていただきたい」


 もっともらしい言葉で問題の本質をそらす側近たちに、王は怒りと冷徹さをあらわにして、さらに机を叩いた。


 「どうやら君たちには、私の意見を聞きたくない特別な事情がおありのようだ、モルガンに賠償金をすんなり明け渡したい特段の事情がな」


 両目に鋭利な感情をのせて迫る王に対し、目を細めて視線をかえす側近たち。


 「おっしゃってる意味がわかりませぬな」


 「よもやとは思いますが、我々のなかにモルガンに買収された者がいると、王は疑っておられるので?」


 少年王には似つかわしくない嘲笑の笑みを浮かべ。


 「それ以外に聞こえたか」


 こんなことを言えば収集がつかなくなるとわかって、王はわざと憎まれ口をたたく。


 このあと室内には王を諌め非難する側近たちの発言があいつぎ、それを感情の失せた表情で見つめる王の姿があった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る