デコレーション・キング

枯れた梅の木

第1話

 上空からふり下ろされた巨大な戦斧せんぷ『トマホーク』が、青い髪の少年に襲いかかる。


 間一髪、余裕の笑みをうかべて少年は相手のサイドにまわり、ミドルソードを斬りつけ、それを野太い手甲てっこうではじきかえす、トマホークの使い手。


 自分より倍以上の体格を相手に体ごと吹き飛ばされる瞬間、半回転しながらもう片方ににぎった短剣を、逆手のまま振り抜こうとした。


 しかしトマホークのを逆手の短剣にぶつけ、衝撃で火花がちるうちに、片手で巨大トマホークを羽のように扱い、のけぞる少年へ横から斬りつける。


 少年は唸りをあげて襲いくるトマホークを、相手の足を蹴った勢いで上半身を後方にそらし、紙一重でかわすと宙で一回転しながら地面に着地。


 地面をけって巨体の脇腹を切り裂こうとした。


 巨体はかまわず軽々とトマホークを上から下に叩き落とすと、ミドルソードと短剣をクロスさせ強烈な一撃をふせぐ少年は、力学の法則で軽石のごとく、数メートルほど吹き飛ばされる。


 地面にながながと足の設置面を残しようやく止まると、また巨体に立ち向かおうとするが、ミドルソードは刃こぼれを起こし、短剣にいたっては刀身が粉砕されているのを見て、肩をすくめる少年。


 「これじゃどうにもならないや、あいかわらずモウモウの戦技は破滅的だな」


 少年に話しかけられた相手は牛の顔と蹄をもち、体は3メートルを超える巨漢で、この世界でミノタウロスと呼ばれる、反人半牛のモンスターとされていた。


 「いやいや王もなかなか、玉座について半年になるが剣技はなまってはおらぬ、むしろ冒険者のころより踏みこみが鋭くなったような」


 少年の姿をした王が芝生に座り込むと、ミノタウロスのモウモウもそれに倣う。


 「お世辞でも嬉しいよ、なんせ午後から会議があるんで、戦いの前にいい息抜きになった」


 「武器を持たぬ戦いか、いろいろ大変そうだ」


 空を見上げる王。


 「大変なのは大臣や学者たちにいつも袋叩きにあって、結局なにもできない情けない王を持つ民衆の方だと思う」


 「名ばかりの王制と言いたいようだな」


 「主権が民衆にある共和制でもない、実質政治は大臣や大臣の考えを補強する御用学者たちによって運営されている」


 「それでも王は要る」


 「なぜ?」


 「政策が失敗したときに、責任をとるためにさ」


 古い友人の悪気のない言葉に苦笑いする王。


 「なるほど、僕はリザードマンのシッポだね」


 「リザードマン?トカゲのシッポ切りってことか?」


 無言でうなずく王。


 「僕の代わりはいくらでも居る、切ってもすぐ生えてくるリザードマンのシッポのように」


 モウモウは視線を王から前方に移して。


 「会議ではなにも助けてやれんが、王を陰ながら応援するすべての者たちを代表して言わせてもらう、がんばれよ」


 王はモウモウの励ましを聞いて芝生に寝転がり、不満の塊を空気とともに吐きだす。


 「何もかも捨てて冒険者に戻りたい」


 玉座の主は叶いそうもない夢を、ミノタウロスと一緒に想像するのであった。



 王宮の会議室に集められた参加者たちが、ひそひそ声で議事の開始をそれぞれの面持ちで待ち、王は手元の資料に目をとおす。


 「それでは定例の国会議こくかいぎを始めてください」


 議事進行役が口火を切ると、王が挙手をして最初の課題を提議する。


 「郊外の街メルボールの代表から、幹線道路の通行税を下げてくれとの陳情があった」


 王の提議に大臣の一人が不審げな視線をむけて。


 「おかしいですな、通行税の陳情など我らの資料には含まれておりませんが」


 「なにぶん交通大臣のおっしゃる通り、おかしなことで国の情報機関は忙しいからか、陳情のいくつかが漏れ落ちることがあるので、僕が優秀な民間の情報屋に頼んで入手した」


 ざわつく会議室。


 「民間ですと?」


 「出どころのはっきりしない、なんでも金で情報を買う連中の戯言を信じるおつもりですか」


 「戯言?」


 かすかに王の瞳に鋭さが増す。


 「ええ、普段は大衆に迎合するようなネタで食っているような輩です、国家のまつりごとに用いてよい情報ではありません」


 「どうかご配慮を」


 連携プレーかのように大臣と御用学者が王に再考を迫ると。


 「奇妙なこともあるもんだ、私の聞いた話では、国の情報機関で収集される情報も、元をたどれば民間の情報屋にたどりつくと聞いたが、もし戯言をたれながす連中が情報源だとすれば、1つ1つの資料を入念に調べ直すが、いいかな?」


 それには言葉に窮する参加者たち、入念に調べられたら自分たちの知られたくない情報まで露呈するかもしれず、話を変える必要に迫られた。


 「だいたい通行税を下げれば道路の維持管理が保てませぬ」


 「さよう、そうなれば悪路になり物流がとどこおりますぞ、その辺の事情も考えず陳情をよこすとは、メルボールの代表者もなにを考えているのか」


 「自分たちの無能を棚に上げ我々にだけ不平を述べるなど、国家に寄生する害虫以外の何者でもありませんな」


 「そんな代表は降格か左遷させるべきでしょう」


 いつものことながら、他人を糾弾することには非常に有能な参加者たちに。


 「私の試算では通行税を現状の3分の1まで引き下げても、道路の維持管理に支障がないと出ているのだが」


 代表者の援護射撃のつもりが、参加者たちのかっこうの的になる。


 「おやおや、放蕩ほうとう時代の悪い癖が出ましたな」


 「机上の試算と実地の計上ではまったく別物です、物価の流動もふくめて予定外の出費を微調整してゆけば、最初に算出した予算とは乖離するのが常ですよ」


 「仕方ありませんよ、王は第3王子時代から国政には関心をもたず、牛たちと巷をぶらぶらしておったのですからな、勉強不足は否めません」


 「それを補うために我々がお側に控えているのです、細かいことは気にせず、王にはもっと悠然とかまえていただきたい」


 「もうわかった、次の議題にうつってくれ」


 うんざりした王が手をはらうと、国防大臣が資料に目を落としながら。


 「武具の増産および研究費に予算を増額して欲しいのですが」


 「大臣たちの意見は?」


 自分から進んで発言したことが失敗だと感じた王は、参加者たちに先に意見を求め、議論を活性化させようと試みた。


 「武具の増産は国防の要、増額もやむを得ませんな」


 「増額して職人たちの賃金をあげてやれば、やる気を出して質の良い武具を製造できます」


 「そうなればいざと言うとき、命を賭して戦う兵士たちの気構えも変わりましょう」

 

 「列強に対する抑止力の面でも、増産増額は避けて通れません」


 増額案になんの反論もないのが気に入らない王。


 「ドワーフたちに外注してみるのはどうか?」


 「ドワーフ?」


 王の発言にまたも室内がよどんだ空気になる。


 「私も彼らの武具を好んで使用するが、非常に質がよく耐用年数も国内の武具より2倍〜3倍は見こめる、昔は他種族間での取引がほとんどだったが、最近では人間が統治する国からも需要があるらしい、我が国でも検討してみてはどうだろうか」


 「なにをバカな」


 列席する商業大臣のつぶやきを王は聞き逃さなかった。


 「なぜバカなんだ商業大臣、王に対してそこまでの暴言を吐くからには、ちゃんとした理由があるんだろうね」


 ごまかすための咳ばらいをする商業大臣。


 「申し訳ありません我らが王よ、しかしこれは王個人に向けた言葉ではなく、ドワーフとドワーフが作る武具を輸入する、愚かな人間側の行為に対して向けたものです、その辺をご考慮なされれば幸いです」


 「謝罪はいい、ドワーフの武具を外注することがなぜ愚かな行為なのか」


 「そこは戦事研究の第一人者にバトンをゆだねます」


 ゆだねられた学者も仰々しく咳をして。


 「ドワーフに外注するなどとんでもないことです、武具の輸入をヤツら頼れば確実に国内の武具製造は衰退します、目先の損得にとらわれ自国生産を破滅に追いやり、いずれなんらかの理由で輸入が停止されたとき、どうやって国防を維持なさるのですか」


 学者の熱弁にところどころうなずき、ところどころ首をふる若き王が、想定していた反論に対し、頭の中に用意していた回答を述べだした。


 ここから武器を持たぬ王の戦いが中盤戦をむかえる。


 


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