第7話 メルと大きなワンコ



ある昼下がりのコトである。


精霊樹の根元で、おやつの炒り豆を齧っていたメルのそばに、大きな黒い犬がやって来て…。


パタリと倒れた。


「ふぉーっ!」


メルは目のまえで横倒しになった犬に驚き、ぴょこっと立ち上がった。


「どぉーしたの、おまいさん…?しっかりしろォー!」


両手で揺すってみるモノの、黒い犬はヒクヒクと脚を震わせるだけで、一向に起き上がろうとしない。


「クゥーン」

「死ぬろ。死んじゃう…?あきらめたぁ、あかんヨォー!」


力のない眼差しを向けられ、救いを求めるような泣き声に心を突き動かされたメルは、黒犬が怪我でもしていないか調べ始めた。


「ケガなし。んーっ?くっ…。黒いのが、おゆヨ!」


畑の作物を喰い荒らす黒いモヤモヤに似た、もっと悪そうな黒いヤツが犬のお腹に張り付いていた。


「コイツぅー。モヤモヤじゃのぉーて、ヌルヌルしとぉー。きもぉーっ!」


どう見ても、そいつが黒い犬を苦しめている原因としか思えなかった。


「ちょっと待ってー、わんこ。いま、わらしが助けてあげうヨ」


『むぉーっ!』と気合を入れたメルの右手に、精霊の力がムイムイとみなぎる。

小さな手のひらが、チカチカ輝きだした。


ここで『俺の右手の封印がぁー!』とか叫べば、格好よいのかも知れないが、残念なことにメルは片言だ。

そして大抵の場合、厨二用語は意味もなく難しい。


確定年齢四歳の女児には、格好よさなど望むべくもなかった。


「うやぁー」


なので…。

そのままガツッ!と黒いネバネバをつかんで、ちゅぽんと引き剥がす。


「うい、やぁ、たぁーっ!」


気合もろとも右手を握りこめば、黒いヌルヌルがパンと弾けて消えた。


浄化完了である。


「見ぃたかぁー。レベユ3れべゆサン実力じつりき!」


つい昨日、メルはレベルが上がり、三になっていた。


先程まで苦しんでいた大きな黒い犬は、のっそりと立ち上がってメルの頬っぺたをペロリと舐めた。


「タッシャで暮らせおぉーッ!」


メルは激しく手を振って、村の広場から立ち去る黒犬を見送った。



「……あぅ?」


興奮から醒めたメルの頭に、重要な問いが浮上してきた。


(おいおい…。あの黒いやつは野菜だけでなく、動物にも憑りつくんですか…?昨日まで見えてなかったけど、レベルが上がったせいで見えた…?動物にも憑りつくとしたら、人だって危険なのでは…?それって、チョーやばくない?やばいよね?)


ヤバイに決まっていた。


もしもフレッドやアビーに、黒いヤツが憑りついていたら大変だ。

メルの顔から血の気が引いていった。


「あうあう、あーっ!」


メルは泣きべそをかきながら、フレッドとアビーの元へ走った。



その夜…。

メルは逃げ回ったりせずに、おとなしく入浴した。


最初にアビーと、次いでフレッドと…。


「おいおい、メルよ…。そんなにジロジロと見られたら、パパが恥ずかしいじゃないか!」

「うぃー。ぱぁーぱ、わらしが洗うヨ…。どえどえ、黒いのおらんか…?」

「ぐはっ!やめないか、メル。そんなところを触るんじゃない!」

「ぱぁーぱ。じっとしてて、くらはい」


「ウヒャァー!」


メルの診察は容赦なかった。


「ふぅー」


メルはフレッドとアビーの身体に、黒いヤツが憑りついていないことを確認して、ようやく安堵の息を漏らした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る