第5話 お風呂ギライ
メルの目に映るメジエール村は、こぢんまりとした農村だ。
だがそれは、飽くまでもメルが見て回れる範囲での話だった。
実際のメジエール村は、メルの想像より遥かに大きかった。
村の中心部は、余所者たちを受け入れる宿場のような役割を果たす。
『酔いどれ亭』の食堂だけでなく、行商人や季節労働者が泊まれる宿も建っていた。
農作業に従事する村人は、各々の耕作地に住居を持っている。
そうした農民たちが必要とする農具や雑貨なども、村の中心部にある集落で用意された。
だから集落には雑貨屋や道具屋がある。
薬師や魔法使いの工房も、集落の中に含まれた。
それ以外にも仕立屋の衣料品店や、大工の作業場があったりする。
小川の近くには鍛冶屋があり、大きな水車小屋では小麦が挽かれていた。
村の北に広がる恵みの森の近くではブタを放牧していたし、すこし森に分け入れば炭焼き小屋や、狩人の狩猟小屋も見つかる。
だけどメルは、メルの樹が生えている広場から離れてはいけないと、教えられていた。
はっきり言えば、何処かへ行かないように大人たちから見張られていた。
(チビだからしょうがないよね。ちっさいからね…)
そうなるとメジエール村の全貌など、分かるはずもない。
それにメジエール村の小麦畑は、子供が歩いて回れないほど広かった。
メルは取っ手付きのポットを持って、村の中央広場をトボトボと歩いて回る。
文字も読めなければ会話も怪しいレベルなので、暇をつぶすには黒いやつと闘うくらいしかなかった。
あとはフレッドを手伝って、豆の莢を剥くとか…。
(くっ…。またしても黒いヤツが、葉っぱを齧ってる。懲りないヤツだなぁー)
メルは鼻をフンフン鳴らしながら、畑に足を踏み入れた。
メルが村の畑だと思っていたのは、『酔いどれ亭』の野菜畑に過ぎなかった。
食堂でつかう季節の野菜やハーブが、ちんまりと植えてある畑だ。
ことほど左様に、メルの世界は狭い。
まあ、推定年齢四歳相当の女児なので致し方がない。
「メル…。お風呂だよぉー」
「………ハッ!」
アビーがメルを呼んだ。
布のお人形さんを弄っていたメルが、ピクリと耳を動かした。
「キレイにして上げるから、おいでェー」
だが実のところ、アビーはメルが呼ばれて来るなどと思っていない。
声を上げたのは、フレッドに向けた合図である。
すかさずフレッドがメルを捕獲して、風呂場で待つアビーに手渡す。
この時点でメルの衣服は手際よく剥かれて、スッポンポンの裸ん坊だ。
「ありがとぉー、あなた」
「ハハッ。逃がしゃしないっての!」
メルは全裸のアビーに抱えられて、顔を真っ赤にした。
メルの頬っぺたに柔らかくて大きなアビーの胸が、ムニューッと押しつけられる。
お風呂で温まった膨らみが、ぬくい。
そしてツルツル。
(やめてェー!)
お風呂タイムは苦手だった。
実のところメルは、エルフ女児になってから何度もアビーとお風呂に入っていたが、邪な欲望に駆られたコトなど一度たりとてなかった。
それでも高校一年生の樹生が…。
アビーとの入浴を全力で拒絶していた。
なのでお風呂の気配を感じ取ると、メルは必死になって逃げだす。
だが残念なことに、逃亡に成功した
メルは足が遅かった。
モチャモチャと走ることしか出来なかった。
どう頑張っても、脱兎の如くとは行かないのだ。
(むしろカメ…?)
前世でも今世でも、運動能力には縁のないメルだった。
「さあ…。ママと一緒に、湯船につかって温まろうね」
「やぁー!」
「ウチはお料理を出す店だから、メルちゃんも清潔にしていないとダメでしょ?」
「やぁー!」
「ほら、頭とか汚れてるし…。くさいくさいですヨ」
「やメェー!」
いつも通り、お風呂タイムは賑やかだった。
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