第4話 色々と学習するメル



食いしん坊なメルの食生活について語ったついでに、村のトイレ事情を説明しておこう。


トイレに関する魔法の話だ。


メジエール村の住民たちは多かれ少なかれ、ちょっとした魔法を使う。

それにメルが気づいたのは、何回かアビーに手を引かれてトイレに行った結果だった。


因みにトイレは汲み取り式で、まあ村人が出したモノも無駄なくリサイクルされている。

作物を育て、痩せてしまった土地に、堆肥としてリバースされるのだ。

黒いモヤモヤは村にとって不要な存在でなく、上質な堆肥を作るためにちゃんと役立っていた。



「はぁーい。メルちゃん。お尻を洗うよ」

「おぅっふ!」


最初は驚いて暴れたりしたメルだが、ようやく最近になってトイレの作法に慣れた。


アビーの言葉は分からないけれど、何か言われたあとでお尻がピッと水洗いされる。

当然だがトイレはポッチャン式で、ウォシュレットなど付いていない。


要するに、お股やお尻でピュッとなるのがトイレの魔法だった。

水の妖精に力を借りた、洗浄魔法である。


飲料水を作りだすような魔法ではないけれど、普段から手洗いやトイレに使用されている。

洗浄魔法で呼びだされた水は、汚れを拭い去ると一瞬で消えてしまうのだ。

だから飲み水や料理には使えない。


また洗浄魔法は、洗濯やお風呂に利用できるほどの威力を持たない。

それでも充分に便利な魔法だった。


(なんか…。小さいチカチカするのが、飛んでくるんだよね…)


精霊の加護を受けたメルは、誰から教わるともなく宙に舞う妖精を知覚していた。

黒いモヤモヤとは別に、時おりキラキラとしたモノが視界に映るのだ。

お尻をピュッとされるときは、必ずキラキラが飛んでくる。


そしてキラキラがお股の辺りまでくると、お尻がピュッてなるのだった。


「ほぉーら。ピュッてするよォー」

「ひゃぁー!」


魔法は凄いなと思うメルだった。




見知らぬ土地にひとり、変わり果てた姿で転生してしまった森川樹生もりかわ いつきは、当初警戒心と不信感の塊であった。

何しろ言葉が通じないのだから、相手の思惑を知る手段もない。

安心したくても、どうしようもなかったのだ。


だが…。

ご飯を貰ったり服を着せられているうちに理性が働き始め、どうやら差し迫った危険は無さそうだと結論するに至った。

酒場夫婦の献身的な扱いは、決して病院の看護師さんたちに劣るモノではなく、なにより三度三度テーブルに並べられるご飯が美味しかった。


樹生はあんまり自覚していなかったけれど、推定年齢四歳相当の女児になってしまったせいで、かなり精神面での幼児退行が見られた。

そうでなければ、アビーに抱っこされてスヤスヤと眠れるはずがなかった。

メルの精神面は幼児なりの不安定さを持ち、その影響を受けて依存心も強くなっていた。


(……っ。精神が肉体に引っ張られると言う現象は、これのコトか?)


どうしようもなく人恋しい。

寂しくて不安で、アビーのお尻を追いかけてしまう。


だが、このままで良いはずがなかった。

だって恥ずかしい…。


そこで精神的な安定を求めたメルは、なんとか言葉を覚えようと奮闘し始めた。


心が幼くなってしまっても、それは感情面での話だ。

メルの理性は普通の男子高校生より、よほど老成していた。

メルはアビーのお尻にピッタリと抱きつきながら、この状況を何とかしなければいけないと考えた。

言葉によるコミュニケーションは、メルが甘えん坊を卒業するための第一歩だった。


「ぱぁーぱ、まま…」


取り敢えず覚えて口にしたのは、パパとママだった。


フレッドとアビーが保護者の名であることは、メルも理解していた。

だけど、フレッドとアビーが繰り返して聞かせる幼児用語の方が発音しやすく、使いだすと直ぐに定着してしまった。


フレッドとアビーも『パパ、ママ…』とメルに呼ばせたいらしく、訂正はしなかった。



メルに言葉を教えようとするのは、酒場夫婦だけじゃなかった。

近所の小母さんたちはもとより、『酔いどれ亭』に通うオッサンたちも先生に含まれた。


だから…。

常に『酔いどれ亭』の食堂でオッサンたちの会話を聞いていたメルの言葉が、オッサン臭くなってしまったのは仕方のないことであった。


「めしー」


「こら、メル。メシではなくゴハンと言いなさい」

「うぃーっ。さけー!」


可愛らしいエルフの女児は、片言のオッサン用語で空腹を訴えた。


「もういっその事、店を止めちまおうか…?狩りをしたって食えるんだしよ」

「それは、やり過ぎだと思うわ…。この村にだって、酒場の一軒くらいなければ、皆が困るわよ」

「だけどよぉー。あいつらのせいで、メルがしょーもない言葉を覚えちまうだろ」

「そこが問題よねぇー」


しばらくの間…。

フレッドとアビーの二人は、オッサン口調を身につけてしまったメルに、頭を悩ませるのであった。





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