第3話 メルの能力
ある日突然…。
その精霊の樹にぶらさがっていた不思議な女児メル、推定年齢四歳相当は…。
広場で酒場を経営するゴキゲンな夫婦のもとに、引き取られた。
酒場のオヤジは名をフレッド。
嫁さんの名はアビー。
子供を授かる機会に恵まれなかった、仲睦まじい中年夫婦である。
中年夫婦とは言っても、フレッドは筋肉ムキムキの男前だし、アビーもボディーラインに弛みのない美熟女だ。
二人は清潔感だけでなく、健康美あふれる精悍さを漂わせていた。
見るからに只者ではない。
因みに酒場の名前は、『酔いどれ亭』だ。
名前のわりに、蒸留酒のような強い酒は置いていない。
オヤジのフレッド曰く、料理が自慢の店だった。
以前から、へべれけになった酔っぱらいを酒場の外に蹴りだす、『酒のみ』に冷たいオヤジだとの評判だったけれど、最近のフレッドは客に酒を出し渋るようになった。
もはや酒場ですらなかった。
「しょうがねぇだろ…。酒呑んで酔っ払うと、村のオトコ連中はメルを追いかけ回しやがるからな…。あのケダモノどもが、まったく危なくってしょうがねぇ!」
「もうさぁー。ちょっと一杯ひっかけられる食堂ってことで…。イイんじゃないの…?」
嫁さんのアビーも、酔客の文句を意に介さない。
子煩悩で強気なところは、似たもの夫婦だ。
引き取った当初は警戒心が強くて懐こうとしなかったメルだけれど、その外見から想像もできない程のガッツキで、食事を与えたら涎を垂らしながらペロリと完食した。
夫婦からすると、呆れるほどのチョロインぶりであった。
「この子、よく食べるねぇー」
「ああっ、ホントだな。精霊さまのとこで、食わしてもらってなかったのかな?」
「さあねェー。あたしには、精霊さまの事情なんてわかんないよ」
料理の腕が自慢である夫婦は、メルの豪快な食べっぷりに惚れた。
食いしん坊のメルは調理をしているときから、鼻をヒクヒクさせて厨房を覗き込んでいる。
何ができるのか、興味津々の様子である。
そしてテーブルに皿が並べられると、わき目も振らずに手を伸ばし、実に美味そうな様子で全てを平らげてしまうのだ。
「コラ…。ちゃんと噛んでから呑み込め。お腹を壊すぞ…」
「…………ありゃぁー。無理やり、丸呑みしてるよ」
しまいにはフレッドやアビーが心配するほどの、食べっぷりだ。
そんな食いしん坊のメルなので、夕刻になり、『酔いどれ亭』に客が集い始めるとジッとしていられない。
美味しそうな匂いが鼻をくすぐるからだ。
あのデッカイ西欧人たちが大声でやり取りする場所に顔をだすのは、メルとしたら避けたいところであるのだけれど、美味しそうな匂いに我慢ならない。
ちょこっとずつ匂いのする方へと近づき、結局は食堂が見える処にまで顔をだしてしまう。
『ふわぁー。
なんのお肉だか分からないけど、今日のランチはメッチャ美味かったね…。
とんでもない姿にされちゃったと思ったけれど、美味しいモノをたらふく食べれるのはすごく嬉しい。
いいや…。
これは前の身体に戻れとか言われても、絶対にお断りのパターン。
小さな女の子になってしまったくらい、なんてことないよ。
健康、サイコー!』
メルはギュルルとお腹を鳴らし、タラリと涎を垂らしながら、ひとり呟いた。
店のおく、住居へと続く通路の薄暗がりから、ひょっこりと顔を覗かせる可愛らしい姿を見れば、構いたがりの男たちが黙っていられるはずもなく…。
「めるー、メルメル、メルちゃーん。小魚のフライがあるよォー」
「小父さんとこには、美味しいハムがあるぞ!」
「おーい。果実水を一口どうだ?」
などと、競うようにして声をかけ始める。
『酔いどれ亭』の常連客たちは、そのキュートな獲物が思いのほか簡単に釣れることを学んでしまった。
そこからは客同士の争奪戦が始まった。
最初は個人で行われていた争いが、やがてチーム戦に様相を変えた。
なんとなれば、『メルちゃん』のお気に入りは料理が山ほど乗ったテーブルなので、ひとりで闘うより仲間を募った方が有利だったからである。
「あーっ。うーっ!」
「おっ。チーズか…?よしよし、いまオッチャンが取ってやる」
「野菜も食えェー。色々食べて、元気に育つんだぞ!」
いつの間にやらメルは客の席に紛れ込み、自分のお皿に料理を乗せてもらっている。
言葉も喋れない推定年齢四歳の女児は、いつの間にか『酔いどれ亭』の売り上げに貢献する看板娘となっていた。
因みにメルが着ているワンピースは、村の子が着ていた服のおさがりだ。
成長期の女児が着せられていた服なので、おさがりのおさがりとは言っても然程くたびれていない。
生地が薄くなったお尻には、ちゃんとパッチが当てられていた。
それに消費社会とは違い、お古の使いまわしが当りまえの農村である。
付け足すならメルの中身である
だから色褪せたお古のワンピースを着ていても、それがフツーだった。
フツーでないのは、メルが喋れないコトと人には見えないモノが見えるコトだった。
メルの知覚は、世のさまざまな現象を異なる形で捉えていた。
それは精霊の加護であった。
(……くっ。また黒いヤツがきてる!)
メルの目に映る黒いモヤモヤは、食べ物を腐らせる悪い奴。
臭くて、黒くて、とんでもなく図々しい。
厨房や食料保存庫に忍び込み、コッソリと食べ物をダメにするのだ。
メルが楽しみにしていた上等な肉をすっかりダメにしたのは、この黒いヤツらだった。
それ以来メルは、黒いヤツを目の敵にしていた。
具体的に言うと、むんずと黒いモヤモヤをつかんで木の椀に乗せ、堆肥の山にポイ捨てするのだ。
どうして堆肥の山かと言えば、そこが黒いヤツらの集まる場所だったからだ。
堆肥の山は、集まってきた黒いモヤモヤを吸収してくれる。
この行為が、フレッドとアビーに理解してもらえない。
二人には黒いモヤモヤが見えないのだ。
厨房や食料保存庫だけではない。
畑には野菜を病気にして腐らせる黒いヤツもいた。
そんなモノを目撃したなら、農村で養われている女児としては看過する訳にいかない。
やはりメルは黒いモヤモヤをつかんで木の椀に乗せ、堆肥の山にポイ捨てする。
その姿を目撃した村人たちは、さっぱり意味が分からずに首を傾げた。
だれにも黒いモヤモヤが見えていないからだ。
メルの不思議な行動を見て訝しむ村人たちに、年老いた魔女さまが言った。
「ほぉー。なるほどなぁ……。メルがすることは、放っておきなされ。ちゃぁーんとワケがあるんじゃ。言葉も通じぬと言うのに、あの子は村のためにと働いておる。お前さんたちには見えぬものが、メルには色々と見えとるのさ…」
分かったような分からないような話だが、村人たちは何となく納得した。
何しろ村で最も精霊さまや妖精に詳しいと信じられている、森の魔女さまから賜ったお言葉である。
「そういうことなら、メルの仕事を少しでも楽にしてやろう…」
フレッドとアビーは、メルが何度も畑と堆肥の山を行き来するので、手にしている木のお椀を蓋つきのポットと取り換えてやった。
「わぁー♪」
そのポットは取っ手がついて持ちやすく、キチンと蓋をすることだってできる。
金属製なので落としたりぶつけたりしても、簡単には壊れない。
しかも陶器の食器と比べても、そこそこ軽かった。
メルは一度に処理できるモヤモヤの量が増えたので、とても喜んだ。
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