第27話
“Hello, Mr. Brady, how do you do?”
“Hello, Mr. Hungry, how do you do?”
“How do you feel today?”
“Oh, you know, I feel old, just remembering my house in Dakota and the land where I grew up. It was a long time ago.”
“Do you want to go home?”
“Oh yeah. Of course, I do. But it’s not that I want to go back home. Just I want to go back where I belong. You know it is a big different. You know Mark, right. My son. I got an excellent son who cares about me by staying with me here in Japan. He does not tell me his true feeling whether he wants to go back or not. But I bet Elizabeth does.”
James Bradyは今年で54歳で、4年の歳月を日本の在留外国人特別概念獣対策室に設けられた隔離施設で暮らしている。
エリザベスがアメリカに帰りたがっているのは知っている、とマークは言った。何回も話し合い、彼が挙げる全ての理由に理解を示してくれた。それでも故郷に帰りたいと思う心は無くならないし、なくすべきじゃない。父親が第一級危険概念獣保持者に指定され、’特別’な理由がない限り個人の移動に制限が加わり私的な旅行等は認められない。棺桶で帰国することになるんじゃないかと笑っているけど、彼は本当はアメリカにに帰りたいんじゃないかって思うんだ。マーク自身、生きているうちに連れて帰りたいと思っている、と僕に明かした。
マークの長女は今年9歳で、4歳の時日本に来から、まだ少しアメリカでの生活を覚えているし、英語も話せる。次女はMr.Bradyが日本で拘束された年に生まれた。新しい生活に慣れる毎日に忙しく、日本から出る機会はなかった。彼女は日本人のベビーシッターを付けたためか長女より日本語が堪能で、日本人の友達も多い。三女は今年日本で産まれた。アメリカに一度帰りたい。でも、父を置いていくことは出来ない。
「父の概念獣は特別だと聞いている。始めは、普通の概念獣保持者で、定期的な検査はあった。それでも今と違って行動を制限するとか、個人の自由を侵害する許せない措置はなかった。でも、あの事故が起きた。再検査の結果、頭の中に2つの概念獣がいて、それが結合したってゆうじゃないか。それがどういう意味か皆目見当がつかないけど、被害報告を聞いて愕然とした。日本から出ることは出来ないと通告されたとき、頭が真っ白になったよ。事故の処理や再検査をしている父の傍にいることは出来なかったし、被害者名簿を見た後で、電話で父を無邪気に励ますこともできなかった。せめて、近くに居たいと思って、エリザベスを説得し日本に移住した。でも、もう5年だよ。父を家にアメリカに帰してあげたい。父は君との会話でhomeとは言わなかったのを覚えているか?父はwhere I belongと言った。彼があるべき場所はダコタにある、彼の両親が残した家と土地なんじゃないかと思うんだ。 家族をすごく大事にしてくれるし、孫によくしてくれる。けれど、父は思い出の詰まったあの場所で死にたいんだと思う。」
彼の概念獣を食べ続けて、病気がよくなっていると感じるか?アメリカに帰れる可能性はあるか?と僕に問うマーク。
「僕は藤岡のような概念獣研究者でもないし、医師の様な診断もできない。僕がMr. Bradyの概念獣を食べて続けて言えることは、彼の概念獣は減らない。食べても、食べても、減らないんだ。癌細胞の様にすごい速さで他の細胞を侵食していく印象をうける。」
「100%だったら、父は今の状況から解放されるのか?」
「僕に数値を決める権限はない。」
「もし、話をまとめる事が出来たら・・・」
「ある人にとって数値の限界が100%でも、150%が限界の人もいるかもしれない。僕はアリゾナで、自分の空腹を数値化し、その数値の分を概念獣に食わせる訓練をした。今は、その時の空腹感を思い出して、僕の概念獣に決まった数値を喰わせている。僕のいう100%は僕の体が最高の飢餓状態にあり、意識はもうろうとしていて、ほとんど意識不明になる直前を意味する。人間は空腹すぎると精神を病むから、脳がその前にストップをかける。
僕の空腹には1から5とレベル分けされている。簡単に言えば1が一番軽度で5に至ると死に直結する可能性がある。僕が普通の概念獣保持者の概念を100%食べても、殆どがレベル2にも届かない。でも、Mr.Bradyは僕と同じ第一級危険概念獣保持者だ。僕と同じか、それ以上の力を持っているかもしれない。マークが心の底から願うのなら、僕の100%で消そう。その条件を取り付けるのは貴方の仕事だ。そして100%消えた時の事も同時に考えなければいけない。それは本当に消えたのか?トカゲのしっぽ切りの様なもので、本体はどこかに隠れているだけの可能性もある。5年の観察期間が設けられているのは、僕達の様なものが本当に消滅するか確信も確証もないから。そして一番の受け入れがたい現実は、概念獣は保持者の概念を糧にして成長する事。100%消えたと思っても、100%消せたと思っても、Mr. Bradyが変わらなければ、また彼の概念獣が成長する。その可能性は非常に高い。一度植付けられた概念を変えることは難しい。」
まだ、エルサルバドには行ったことがない。藤岡と姉の付き添いで行ったのは隣国のホンジュラスだった。邦人を狙った強盗があるから公共の乗り物を使用してはいけないと、安全の確認が取れているタクシー会社の電話番号を空港で渡された時、強盗や殺人が溢れている国と言われればそれを信じることができた。その印象はマルカラのコーヒーを飲んでいい意味で裏切られた。フルーツの香りがするコーヒー。初めてコーヒーが美味しいと思った。
世界第4位のコーヒー消費国である日本にも輸出しているよ、カフェの店主はスペイン語が分からない僕に携帯の翻訳アプリを使って豆の種類や乾燥プロセス、美味しいコーヒーの淹れ方などを丁寧に説明してくれた。いい豆はすべて外に行くから、日本で探して飲んでみてと約束させられた。
この国にもファン・カルロスが言っていたRio Lempaがある。地図上では近く見えても、日帰りでテグシガルパに帰らなければいけない僕に、手段も用意もなくその距離を移動することは出来なかった。テグシガルパに帰り、ププセリアに行った。ファン・カルロスが話していたより種類が少なくて、トウモロコシで作った生地しかなかった。彼はププサを食べながらチョコレートを飲むと言った。それが習慣なのだと。ここではチョコレートを飲んでいる人はいなかった。国境線を共有し陸続きであるホンジュラスとエルサルバドは国民であればパスポートがなくても行き来しあえる。今度はちゃんと君の国にいくから。
ホンジュラスからの帰り、アリゾナの研究所で一時過ごした。スージーもファン・カルロスもいない僕のアパートは依然と同じ見た目で、新しく若い被験者が住んでいた。今は開けられないドアを前にして、ただ、ただ、寂しさだけが込み上がってきた。
昼食後ジムの時間に遅れるからと、洗い物を引き受けてくれたスージー。僕はそれに感謝を示し、扉を開けて外に出ていく。
ドアを開けた時家の中でテレビを見ているファン・カルロス。待っていましたとテレビの電源を切り、冷蔵庫を開けて夕食の支度をしだす。
いってらっしゃい、いってきます、ただいま、おかえり、日本語の挨拶を彼らと交わしたことはない。それでも、僕の家には彼らがいつもいて、彼らがいる家に僕は帰っていた。あの場所はあの時間軸において僕のあるべき場所だった。
飛行機の中で誓った思いは、まだ実現出来ていない。
「マーク、Mr. Bradyが言うwhere he belongsが、本当に貴方が考えているものと同じか確かめてみて欲しい。」
“I can help you” とマークに英語で言えない。Mr.Bradyを治療できる人物は僕は一人しかいなく、それに縋りたいマークの気持ちはよく分かる。Mr.Bradyの概念獣を100%消せたとしても、僕が僕のままでいることができない可能性もある。’もしも’があった時、何度も僕はMr. Bradyを救えない。そして、Mr.Bradyはそれを望まないと思う。彼はそうゆう人だ。
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