第24話

駅の前は常に人だかりになっているが、プラカードを持ったそういう人たちもこの場所を占拠する。概念獣嫌悪者や概念獣保持者に恐怖を抱く人々は声高らかに、概念獣の危険性を訴える。彼らの事を見えない物を見分けようと一所懸命努力するし意味もなく概念獣を険悪・排斥しようとする人種と僕は秘かに呼んでいる。硬く守られているはずの情報がどこからか漏れているのか、信憑性の低い噂が噓から出た実の様に本当になったか、彼らの怖いところは僕達を区別できることだ。彼らにとって概念獣保持者を排除する事は人権侵害にはならない。そもそも僕達に人権があるのは可笑しいとさえ考えている連中だ。概念獣保持者が稀になんらかの事件に巻き込まれて遺体で発見されるが、コピーキャットが出るのを防ぐためその情報が表に出ることはない。殺人犯はただの殺人犯として捕まり、もし刑が確定したら、その他大勢の殺人犯と変わりなくニュースに流れる。他の国では誘拐のターゲットにされたり、ヘイト殺人の犠牲者にもなりうることは周知の事実で、海外旅行をする際はその国の情勢を確認して渡航するようにとの勧告が内々に出ている。インターネット上でも現実の世界でも僕達に後ろ指を指す人達は一定数必ずいる。


「今日彼らがまたいた。公共の場所でああゆうヘイトスピーチみたいなのどうかと思う。もし、自分達が概念獣保持者になったらどうするんだろう?」

「さぁな、考えてないんじゃないか」

「可能性はあるよね」

「全世界の人間に同じ確率が適用されるからな。ただ、人によるとしか言いようがない。同じ環境で実験をしても、同じ結果にはならなかった。」


自身の人生を奪われる可能性があるという意味で、大部分の概念獣保持者は被害者である。だが、他人の人生を奪う可能性があると言う意味で加害者にもなる。その他の大勢は傍観者で、遠くからヤジを飛ばすか、見て見ぬふりをする。関わることが無ければ最善だと無知を決め込む。区別から始まった差別はスピードを上げて排除に向かい、最後はまるで民族浄化のような有様で終わりを迎える。そんな血塗られた結末は歴史だけで十分だ。


刑務所には匿名で様々な概念獣保持者が収監されている。危険度が低い概念獣保持者は危険度の高い概念獣保持者とは別々の場所に収監されるが、その基準は犯罪の質や刑罰の種類などとは全く関係がない。より強い概念獣保持者がその概念を周りに伝染させる事実はある事件をきっかけに知られるようになったが、伝染された概念が反響し犯罪行為自体がエスカレートするという現象は、一般的には犯罪心理学の教科書や概念獣研究課程で習うぐらいでしか知る機会がない。そしてもっとも知られていない事実は、危険度の高い概念獣が起こした事件は情状酌量の余地が大幅に認められている。なぜなら、それは起こるべくして起こる悲劇だから。それは言葉で説明すれば「映画を見て感動し涙を流す」様なもの。外部からの視覚情報が脳へ伝達され、脳がその情報を解読した結果「心」を揺さぶられたと認識、目から涙が零れ、鼻から鼻水が出る現象を起こす。どんな監視を付けても成長を妨げても、自然の成り行きで概念獣は暴走する。どんなものがスイッチになるかは分かっていない。


本当の意味での怖さや無害さを徹底した概念獣に対する知識を半年に及ぶ詰め込み研修にて特定概念獣監察官は獲得する。


今回訪れた場所は刑務所の独房ではなかった。藤岡と僕が関わるような人物は罪を犯しても監修されず、危険度の高い概念獣保持者であっても概念獣監察官の監視がつかない、特別な筋の依頼だからだ。


「高木正敏は罪を犯したの?」

「犯した。」

「その罪を消すの?」

「違う。高木の概念獣を消すだけだ。概念獣が罪を犯し、自身は無実だと高木は証言した。検査の結果危険度の高い概念獣が確認されている。」

「僕が高木の罪の片棒を担ぐの?」

「違う。概念獣を消すだけだ。」

「何が違う?」


ソファに深々とは座らずピンと背筋を伸ばした灰色のスリーピースのスーツを着た背の高い男は僕と同じジムに通っていた。この24時間営業の完全会員制ジムには様々な最新式の運動器具が揃い、常時いる専門のアドバイザーが目標に合わせて適切な指示を出してくれ、日々の食事や栄養指導もしてくれる。施設の中にランドリールームがある為どの時間に訪れても綺麗に畳まれたタオルが使い放題で清潔感もある。しかも、見えるはずの物が目につかない職員だけが働いている。高木はこのジムを重宝していると言い、どこかで顔を合わせていたかもしれませんね、とほほ笑んだ。


出されたお茶を一口すすり、藤岡と高木正敏の会話中に本来されるべきではない会話が混じった。


「私は高木さんの事が分かりません。」

「私もです。なぜこんな事になってしまったのか。」

「なぜ分からないんですか?高木さんご自身が犯した犯罪でしょう」

「覚えていないんです」

「覚えていないんですか?」

「全く覚えていいません。被害者の事も知りません。もし彼女が概念獣嫌悪者で私達の様な人種に排他的であったとしても、彼女と私には接点がありません。」

「ずいぶん都合がいいですね」

「そうです。私にとって・・・とても都合がいい」

「・・・佐藤さん」

「言わしてください。私は貴方の徳の概念獣を消しますが、貴方の罪は消えない」

「ご心配なく。私は被害者ですから。事件の真相は加害者がいないで終わりですよ。第一級危険概念獣保持者の佐藤晋さん、すぐジムでお会いしましょう。私は貴方にとても興味がある。」

「高木さん。会話はそれくらいでお願いします。あとここでの事は・・・」

「藤岡特定概念獣監察官、了承しております。では、治療を始めてもらってもよろしいですか?」


終了が告げられた高木正敏の閉じられた口の端が少し上がった。高木は丁寧に礼を述べお辞儀をして僕達が部屋から出ていくのを見送った。藤岡は他人事とも受け取れる受け答えをする高木正敏の感情や行動をどうやって言葉に直しデータとして共有するのだろうか。まさか録音されている全てをデータとしてシステムに上げるだけで特定概念獣監察官の仕事は終わるのか。


1カ月に一度の木村真一と会う日に高木正敏との面会が重なった。定期検査に異常はなく、彼の概念獣は観測されていない。それでも第一級危険概念獣保持者(仮)の監視は継続されている。


真一は彼の概念獣が飼っている犬の調子がおかしいと僕に訴えた。


「ライカが元気がなくて、ずっとうつむいていんるんだ。食事もあんまりしないみたいで、その場にふせたまま動かない。病気じゃないかな。すすむはどうすればいいか知らない?」

「僕は犬を飼ったことがないからよく分からないけど、太陽光に当ててみたら?人間はストレスに晒されたり、気分が落ち込んでしまった時なんかに日の光に当たると気持ちが回復するって記事を読んだよ。」

「それ本当?分かった。やってみるね」

「僕の研究じゃないから、確証はないけど。」

「それでもやってみる。ありがとう。」


概念獣が犬を飼うとはどんな状況なんだ?その犬が病気になるって、どうやって?他の概念獣の影響をこの犬(?)が受けたってこと?え、どうゆうこと?え、よくわからない・・・何が分からないか分からない・・・・混乱している頭でとっさに出た内容は人間のストレス軽減方法で、木村真一は真面目に頷き友達の飼い犬を気遣い、見当違いな発言を実行しようとした。後出しじゃんけんの様に確証がないと伝えても、お礼を言われる始末にいたたまれなくなって、9歳の子供との面会を早々に切り上げた。


「難しい・・・」

「何が?」

「子供と話すことだよ・・・常識が通じないというか、何でも信じるというか、悪意が伝わらないのはいいとして、どうすればいいか分からない。」

「分からないのはいい事じゃないか」

「良くないよ。落ち着かない。」

「木村真一と仲良くなればいい。」

「子供と仲良くなってもね・・・」

「彼は第一級危険概念獣保持者(仮)だ。普通の子供じゃない。彼の話す事はどれも興味深い。」

「僕は監察官でも研究者でもない。概念獣保持者同士で理解がうまれてもね、どうしようもない。」

「ま、仕事だからいつもみたいに気楽にやればいい。所で、これから何か飲んでいくか?」

「何を奢ってくれるの?」

「なんでも奢ってやるよ。今日は記念日だから。」

「僕達の間で何か記念日と呼べるようなことしたっけ?」

「初めてじゃないか?お前の意見を他の概念獣保持者にぶつけるのは?」

「あれは会話だよ・・・」

「あんなに長く会話したのは初めてじゃないか?」

「James Bradyとはよく会話をしている」

「それは状況が違うだろ。友人として会っているんじゃないのか?」

「仕事の一部だ」

「仕事の一部でもJames Bradyやマーク・マッケンジーと良好な関係が築けている事は一考に値すると思うが。マッケンジーのレポートを読む限りでは、お前のことを相手を思いやるとか、冗談を言いあえるとか、興味を持って人と付き合えているとか、良いことが記載されてたぞ。」

「それはMr.Bradyもマークも根本的には善良な側の人間だから。僕達とは違うよ」

「俺は善良な側に入らないのか?かなり徳は積んでいると思うが・・・?」


夕日が落ちる間歩き続けたら、藤岡は僕の家まで来ていた。簡単な物しか作れないよと断って藤岡を家に上げ、アマトリチャーナを作る事にした。姉さんがよく作って藤岡に食べさせていたと佐々木さんが言っていた。少ない材料で簡単で美味しいからと、La Casaの主人がお店で出していたレシピの簡易版をこっそり教えてくれた。ベーコン、ホールトマト缶、エクストラバージンオリーブオイルと塩だけ。切ったベーコンをエクストラバージンオリーブオイルで炒めた後、でた油の中にザクザクとトマトを潰しながら入れ、後は乳化するまで弱火で放置するだけ。油とトマトが乳化してきたら、茹でたブカティーニを入れてまぜるだけ。始めはこれだけの材料で美味しい料理が出来るのかと思ったが、なるほど、くせになる美味しさだった。スージーでも、“it is a keeper”といってレシピを欲しがるだろう。

僕はロングパスタの中で、スパゲッティよりも太さがある物が好きだと、一時期このパスタソースばかり作っていた時色々なパスタで試してみて気が付いた。ブカティーニは細長い円柱の様なパスタで、乳化したソースを絡めたパスタの喉越しがとてつもなく良い。僕はチーズをかけないほうが素材その物の味を楽しめると思うが、藤岡はどうだろう。


僕の家の夜景をみながら藤岡は駅に入っているスーパーで買った少し高いシャンパンを開けて、1人で何かを祝っていた。テーブルにシンプルな白皿をだし、その上に綺麗な赤のソースが混ざったブカティーニを盛り付け、藤岡を呼んだ。


「良かった。お前は普通だな。早苗もこのパスタをよく作ってて味自体は良かったんだけど、上にのせられているチーズの量が半端なくてな。これはとても美味しそうだ。」


嬉しそうにパスタに手を付け全てを食べ終わると、今まで1人で飲んでいたシャンパンを、今まで空っぽだった僕のグラスに”cheers”と言いながら注いでくれた。

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