第20話

「すすむは何も知らないんだね」

「今まで考えたことが無かっただけだ」


木村真一と月一回の面会をするようになった。3回目の面会の時、彼は僕の好きな物を聞いてきた。好きな色、好きな食べ物、好きな動物、好きな音楽、その他諸々。真一は全ての質問の答えを持っていた。好きな色は黄色。今見ているアニメの主人公が黄色の服を着ていてカッコいいから。好きな食べ物は、北海道で食べたソフトクリーム。好きな動物は、象。どこかの国では象の背中に乗る文化で、大きくなったら背中に乗ってみたいから。好きな音楽は、今見ているアニメの主題歌。友達の好きな物を知りたいと思うのは普通でしょ、と16も年齢差がある僕を友達と呼ぶ、僕と同じ第一級危険概念獣保持者(仮)の9歳の小学生。彼の家の近くの小学校に通い、塾にも通っている。水泳もしていて、そこそこしっかりした体格の持ち主だ。週一の面会は名目上観察及び保護の為だが、これは実質監視の役割をはたしている。今のところ自由は保障されている。彼の(仮)が外されるまでは。


木村真一は藤岡輝石の二人目の特定概念獣保持者になり、9年間の事細かな個人情報は既に集められていた。


「木村真一は来週誕生日を迎える。」

「へぇ・・・そうなんだ。」

「・・・何もしないのか?」

「何をするのさ」

「誕生日プレゼントを用意するとか、何か旨い物を食べてお祝いするとか、色々あるだろ、誕生日の祝い方なんて。」

「真一に聞いてみるよ。僕は何も思い浮かばないから。」

「そうか」


いつもの喫茶店でコーヒーを飲みながら何か言いたそうな藤岡と次回の面会についての確認を終えて、清算し領収書を出してもらい店を後にした。藤岡輝石は彼のマンションへ。僕は自分のタワーマンションへ。歩いてもお互いの家を行き来でき距離的には近所と言ってもいい。同じ駅を使って移動するし、同じスーパーで買い物もする。難を言えば僕の家の方が少し駅から遠い。歩けば15分。タクシーに乗れば5分以内で着く程度だけど。基本的に住宅街が広がっているが、駅前は開けていてアマゾンで買い物をしなくてもある程度のものは揃う。


木村真一と6回目の面会はブランコに乗りながらだった。


「真一、誕生日プレゼントは何が欲しい?」

「何?急にどうしたの?」

「来週誕生日でしょ?」

「そうだけど・・・」

「友達だったら誕生日プレゼントぐらいわたすよね。 何か欲しいものはないの?」

「ソフトクリームが欲しい。」

「そんなものでいいの?もっと何か大きかったり、高かったりする物頼めばいいのに。」

「・・・たとえば?」

「家とか・・・」

「くれるの?」

「子供は夢を見てもいいんだよ。欲しいものを正直に言っていい。」

「ぼくが大人になって家がほしいって言ったら?」

「そうしたら、節度がある夢を見ようって言うよ。大人は常識の内で物をいわなくちゃいけないからね。」

「晋は、大人は子供と同じ夢を見れないと、同じものを欲しいと言ってはいけないと思う?」

「大人と言う生き物に成長したら、他人に叶えてもらうんじゃなくて自分で叶えろって言われるんだ。自分ができない事を他人にやってもらおうとすると、節度がない、常識がないと言われる。だから、大人になって、他の大人にプレゼントを贈る時は、他人が自分に返せる物を贈る。でも、真一は子供だから、何を言っても許されるんだよ。」

「けっきょく、すすむは何をくれるの?」

「ソフトクリームが欲しいんだろ?」

「もっといいものたのめばよかった。」

「来年まで時間があるからよく考えてみな。」


木村真一はずるいと嘆くことも罵ることもしなかった。素直に今欲しいものをブランコの上で答えただけ。ソフトクリームなんてどこでも食べれるだろうに。本当は今日にでも公園の近くにあるコンビニにいきそれを買って与えられる。数百円の買い物だ。誕生日プレゼントにソフトクリームが欲しいだなんて、何か思い入れがあるのだろうか。そんな思考がふと頭をかすめた。


この日まで、ブランコに乗ったことはなかった。正確には乗ったことがあるかどうかの記憶がない。家の近くには公園がある。区画整理もとうに終わっているこの地域に昔から変わらずポツンと住宅街の中に置かれた公園。黄色いブランコ。赤いシーソー。青いジャングルジム。簡易トイレもあり、清掃員が掃除しているのを見たことはないが、区の管理下にあるのか、または管理会社がいるのか、まぁまぁ清潔さは保たれ、緊急時はここのトイレの使用を考えられる程にはチリ紙も補充されていると確信がある。トイレの横には水道があり、低い所には手洗い用の、上には飲み水用に分けられている。使用方法兼注意書きの看板が公入り口に埋まっている。砂場もそのすぐ横にあった。


木村真一が乗っていたブランコは彼の体の大きさに似合っていた。僕が乗ったブランコは、上から吊るされた鎖、体重を支える台座とも、なんとなく心もとない。子供の年齢をもとに安全性や強度が設定されてある遊具は180cmの大人の体格を物ともしない包容力があるが、体が入るだけ、重さに耐えられるだけ、それだけで僕がこのブランコの使用者になれるわけじゃない。


家路につく前に近くのコンビニによった。自動ドアをくぐった先につい先ほど別れた藤岡が買い物をしていた。ツナマヨのおにぎり2個とパックの味噌汁とミント味のガム一箱の会計を済ませていて、ちょうど店員が袋に商品を入れるところだった。僕はソフトクリームの上にチョコレートがコーティングしてある新商品のアイスを買った。帰り道がほぼ同じな僕達は、形式的な挨拶をするわけでもなく、誘い合わせるわけでもなく、ほぼ同時にコンビニを出て歩き出した。さっきまでいた公園の横を通った時、無言で歩いていた藤岡は、おい、と僕に声をかけ、首を公園の方向に傾げた。子供用のブランコに座った藤岡は僕より小柄だが、ブランコはやはり子供用で小さかった。


「それで、結局何をあげることにしたんだ?」

「ソフトクリームが欲しいって」

「安いな」

「家でもいいって言ったんだけど・・・」

「約束したのか・・・?」

「子供は夢を見ていいよって、言っただけだよ」

「お前、それはダメだろ。子供に言う言葉じゃない」

「いいじゃないか、子供なんだから。別に嘘をついたわけじゃない。」


少しの体の揺れが鎖へ伝わり、ギィコ、ギィコと錆びついた音が漏れていた。


「・・・それで夕飯終わりじゃないだろうな?」

「デザートを先に食べただけだよ。順番の制限はないはずでしょ。体に入れれば栄養素の還元を受けるんだから」

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