第4話
“Hi, Mark”
“Heyyyy! How are you doing? How have you been!! good to see you”
“I’m good, good to see you too. How are you doing? How’s Elizabeth?”
“well… a lot going on lately, but thanks God we are doing good. it’s been a while we have worked together. I got a lot to tell you, but kinda tight on time, shall we go for now?”
“you are right, we should go now”
「マーク・マッケンジーです。特別許可書です。ご確認ください。」
「確認をしますので少々お待ちください」
入り口を入ってすぐ横の待合室で待つように言われた。入室時間、滞在時間、退出時間が厳しく管理され、時間厳守を求める割に各種確認に時間がかかり過ぎ、私物持ち込みの許可が出ない、ただ待つだけを強いられるこの場所をマークは嫌っている。上からの依頼でなければ “No way I am going there”と言い切る彼と既に30分は何もない部屋に座っている。在留外国人特別概念獣対策室。ここには何回か同じ理由で訪れている。
“Well, why don’t we use this meaningful time to talk about our life, hahaha…every time I come here, I make myself realize that I hate this system. They make us wait for no reason. Over 30 min! doing nothing. Who the hell they are!”
“Calm down, man. Just 30 min so far. You know how it works here.”
“It doesn’t mean that I don’t give a shit about it.”
“aha, I thought you are used to this culture… a few minutes back you were so Japanese…”
“just pretending to be a good foreigner, that is…most of the time I enjoy living here.. really…
Elizabeth too. That’s why we have lived here.”
“haha...well let’s talk about something more meaningful like our life then?”
閉まっていたドアが開かれ、判子が押された特別許可書がマークに返され、僕達の会話は終わった。次に通される部屋では身体と所持品検査をされる。その後は担当官とのあいさつで、最後に防弾ガラスを間に挟んだ狭い部屋で対面する。部屋の四隅には監視カメラが付き、音声の録音もされている。マークはMr. Bradyと呼ばれている初老の外国人に定期的に会いに来なければいけない。
“hi, dad, how are you?”
担当官の後で部屋に入ったマークが発する言葉はいつも同じ、次の言葉は僕の前の扉に遮られる。カチャリと中から鍵が閉められた扉の横には折りたためる椅子があり、僕の同行がある時だけ置かれるようになっている。赤いアメ、唯一持ち込みが許されている私物を、口の中に一つ入れる。空調が効いた廊下と一定の間隔に設置された電灯、心地よい体感の中で目を瞑り自分の中の概念獣に話しかける。
“hi, buddy, how are you? Are you hungry?”
白髪が混じった髪の毛を長く伸ばしている小太りの男性Mr. Bradyは抑圧と自我、2つの概念獣を持っている。どちらの概念獣も単体としての危険度は低いが2つの概念獣が同時に動くとき新しい概念獣「抑圧された自我」となり、他人の無意識に働きかけるように伝染する事が分かっている。一人の人間の中に複数の概念獣が同時に成長することができる事は報告されている。どの様な組み合わせの概念獣がどのような条件下で同時に成長できるかは解明されていないが、複数の概念獣が統合した結果、進化とも呼べる形で顕現することは稀に確認されている。
“Hey, do you wanna come in?”
重い扉を開いたマークは顎で隣の部屋の中へ入る様に促した。Mr. Bradyは用意された椅子に笑顔で座りながら僕の入室を待っていた。マークは担当官の横に用意されている椅子に既に座っている。
“Hello, Mr. Brady, how do you do. Do you mind if I touch your forehead?”
“Hello Mr. Hungry, how do you do. Go ahead”
“So how much shall I drop your ego/repression thing?”
“We have discussed about that and decided to drop 40% today. Can you help me out?”
“Of course, Mr. Brady. Close your eyes please. It won’t hurt.”
“huhuhu, you are so funny. You always told me that. It never hurt. Is it a good luck charm or something like that?”
“Something like that. I go to some public schools for periodic checkup and some younger kids are afraid of this because they don’t understand it…oh maybe had a bad experience on other checkup, I am not really sure, well so to make them feel more comfortable, I put a big smile on my face and tell them that it is not hurtful…haha…”
“you treat me like a boyyyyy, huh…feel a bit ticklish..huhu…”
“old man, now close your eyes completely and let me in…”
“As you wish……………Thank you a lot, I really appreciate what you do to me.”
“Mr. Brady, it is my pleasure, really. I will be there for you when you need me, and of course the time when you don’t need me too.”
近所のスーパーでとんこつ味のインスタントラーメンラーメンを4袋、卵、長ネギ、出来合いのシャーシュー、キャベツを買って、僕のアパートに入るなり台所に立ったマークはさっそく鍋にお湯を沸かし始めた。その間にキャベツを細切りにして少し塩を振り出た水を切りごま油を絡める。もう一つの小さい鍋では卵を茹でている。長ネギはみじん切りにし塩とごま油を少し絡める。沸かしたお湯の中にラーメンを入れ、少し大きめのお椀に火薬とスープの素を入れてお湯を入れ、後は麺が茹で上がるのを待つだけだ。
「ススムの部屋で作るのは久しぶりだな。」
「ラーメン屋に行けば早いのに」
「家でインスタントラーメンを作らせてくれないんだ、エリザベスは。あのジャンキーな味がいいんだよ。化学調味料が子供に悪い影響だってさ。ここに住んでるんだから、いつかは食べる事になるだろうに。こんなに旨い物を食べさせないなんて、後で恨まれるぞ。」
初めて食べたラーメンの麵はすごく柔らかかったらしい。仲良くなって初めてポットラックに招待された時出てきた火薬とスープの素を直接かけたスープのないくたくたのラーメンは、悪くはなかった。甲乙を付ければ、食べ物の一つとして成り立つぐらいには美味しい。正直に言ってけっしてまずくはない。ただ、僕の中のラーメンのイメージとはあまりにかけ離れていたし、麺の在り方が納得いく物ではなかった。アメリカのスーパーで売られているインスタントラーメンはクリーミー味やスパイシーチリ味など、パスタソースにありそうな味が多く、食べ方もパスタを模している。本物のラーメンを食べたことがない彼にとって、ラーメンとパスタの違いはそう大きくなかった。日本に来て大きく変わったラーメンの認識を、遊びに来る友達に布教していると自慢げに語られた。
「ベジタリアンの友達にも日本のラーメン屋のラーメンだけは食べていけって忠告するんだ。あまりにも違うからさ。日本のラーメン店がアメリカにも出店してるけど、日本で食べるのが一番だよ。味の種類も色々あるし。あっちのはファッションで綺麗なお椀にちょこんって麵が載ってるんだよ。食べた気がしない。日本のはバーン、ドーンって感じで感動するんだ。」
マークなりの解釈で作られたインスタントラーメンはすごく美味しかった。薄く切られたチャーシューが花弁のように重なり、その真ん中に卵を半熟にするのは難しかったのか固ゆでの卵が置かれ、ネギとキャベツがその周りを囲んでいた。ポットラックに出されたラーメンとは似ても似つかない完成度に仕上がっていると驚くと、研究したんだと、得意顔になった。
マークは長い間、彼の父親が日本から出られなくなった時から、日本で暮らしている。まだ彼がエリザベスと結婚する前で、当時恋人だった彼女はマークの日本行きをあまりよく思っていなかった。
「マークは完璧な日本語を話すのに僕と英語でも話すよね」
「そっちのが気が楽だろ。ススムにとって日本語は建前で、英語は本音だと思っているんだが、違ったか?日本語は楽だね。主語を省いても文章が成り立つから、いくらでも意見が誤魔化せる。」
“I am not sure, how do you know?”
“Cause I know you... but more than that, I know my dad. My dad is a picky person. He does not trust anyone and he is not a person who talks to anybody neither. I have seen you and my dad talking, he giggles too... what a big surprise”
“そうなの?”
“Oh yeah! I feel that when you talk in Japanese, you sound more neutral, like you try not to bring any conflict to the conversation. When you use English, most of the time you don’t speak a lot and words that you use are not so expressive neither but within the words, I find more honest feeling to it, more ironic too.”
“I don’t know what to say, maybe because someone whom I learned English from was very honest and ironic person at the same time.”
“She or he”
“She”
“Your girlfriend?”
“Nothing like that. A long way back we met at a training center in Arizona. We still keep in touch. A few weeks ago, she called me on skype and skyrocketed her anxiety that she just found out that she is pregnant. I congratulated her…and…”
“aaaaa……Ops, sorry to interrupt you. But I got to tell you one thing too.”
“no worries, go ahead”
“in the morning, I told you that a lot going on lately, right? Elizabeth was not feeling well for last couple weeks but we were both so busy working and could not make time for a medical checkup. One day, I got a phone call from her coworker that she got fainted at work and sent her to a nearby hospital. I rushed the hospital and then we found out that she was two months pregnant.”
“Heeeey! Congrats!! Good to hear that! Is she doing okay?”
“Yeah, she is doing okay. Nothing special found on the checkup except her pregnancy. Now she is pretty comfortable. She told me that it is her third time so she knows what to do… you know...I always don’t know what to do though…… ”
“haha…I am so happy for both of you!本当におめでとう”
“Thanks! I wanted to surprise you”
玄関でスリッパから靴に履き替えたマークは幸せそうに家路についた。
マーク・マッケンジーの父親は彼が5歳の時に離婚し、母親は家から出ていった。父親は生活費、教育費、その他も諸々の費用を稼ぐため家に居ることは少なかったが、朝ご飯にはシリアルに牛乳をかけた器を手渡してくれ、昼ごはんはハムとチーズのサンドイッチとバナナを持たせてくれた。晩御飯はいつも二人で食べた。ケータリングの中華料理、豆が沢山入った冷凍食品のブリトー、クーポンで買い溜めしたマックアンドチーズ、スープのないインスタントラーメン、貰い物の鳥の丸焼き。父親と一緒に大きな袋を持ってフードバンクに行く事も多かった。古く安い電子レンジが壊れると、直るまで隣の家の電子レンジを頻繁に頼った。温め返すだけの食事でも、一人で食べるのではなく一緒に食事をとる事に意味がある、大学に入学するまで家で父親と食事をとることは当たり前だった。大学の寮へ向かう日、玄関で父親と別れを交わした。距離はあるが同じ州内の大学に行くだけで、飛行機に乗って未開の地へ行くわけじゃない。いつでも会える、そう言いながら、両手を組んだ大男はドアの前で微動だにせず、立ち尽くしていた。寮にはフードコートが併設されていて、食事込みの料金を払うと朝7時から夜10時までいつでも飲食が可能だった。前菜、スープ、肉料理、魚料理、ライス、パン、デザート、毎日違ったメニューが複数用意されてあり、どれを何回とっても、どれだけ残しても、デザートを持ち帰りルームメイトとの裏取引に使っても、一回分の食事の料金は変わらなかった。昼食後のテーブルには決まって大量に残されたハンバーガーやら魚のソテーやらプディングやらを載せた皿をひとまとめにし黒いゴミ袋に放り込む清掃員がいた。部屋の端から端まで列が崩れたテーブルの上のトレーを全部片付け、消毒液を吹きかけタオルで拭きとり、最後にテーブルと椅子の位置を元に戻す。ぎゅうぎゅうに詰まった黒い袋を荷台に乗せ食堂を後にする。誰もがいつでも行き来できるこの場所は暖かく賑やかで、空腹になるすきもない、でもここで食べる食事で満たされることはなかった。
エリザベスとは大学2年の頃、クラスが同じになった。たまたま座った席で隣同士になり、たまたまフードコートから持ち出した大きいマカデミアナッツが入ったクッキーを口に入れていた。
「それ・・・」
「うん?どれ?」
「そのクッキーなんだけど・・・」
「・・・よかったら食べる?マカデミアナッツが入っていておいしいんだ。」
「本当に?」
「どうぞ」
ゆっくり手で半分に折って、食べかけていた部分を自分に残し綺麗な半分を彼女に渡した。
「ありがとう。朝食べてこれなくて、お腹が空いてたの。私の名前はエリザベス・ブラウン。宜しくね」
大学卒業後すぐ、22歳の誕生日を迎えて、簡単な結婚式を教会であげた。式の当日、エリザベスはそっと僕に彼女の秘密を話してくれた。
「貴方と知り合いになりたくて、あの日声をかけたの。特待生で勉強もスポーツも良くできるって知ってたのよ。何回かクラスが同じになったことがあるけど、私の事知らなかったでしょ。貴方はいつも前の方の席で授業を聞いていたし、私がその席に座ることはできなかった。2年の後はクラスが一緒になる確率が低かったから・・・貴方がクッキーをくれて本当に嬉しかった。私達は今から家族になるのね。幸せだわ。私は貴方の為だったら何でもできる。I love you, Mark」
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