第2話
俺たちの沈黙を破ったのは、ガイアスの咳払いだった。
「んんっ……あー、自己紹介できるか?」
「……うん」
ガイアスからぎこちない作り笑いを向けられたその女の子は、コクリと頷いてからギュッとぬいぐるみを抱きしめた。
「……エリー、です」
「エリーか。歳は?」
「きゅうさい……です」
「九歳て」
まさかの二桁にも満たない年齢に、思わず声が漏れた。
あまりのあどけなさに「これはありなのか?」という視線をガイアスへと向けると、ガイアスも困ったように苦笑いを浮かべた。
「あー、この四人が今日から俺の元で一緒に行動するメンバーだ」
「ちょっ……本気で言ってるの!?」
俺のアイコンタクトを見事にスルーしたガイアスに対して、すかさずカシーがツッコミを入れた。
「まあ、養成所の規則に年齢制限はないからな」
「規則って……でも、どう見ても冒険者としてはやっていけないでしょ!?」
「そこは安心しろ。ここにいる間はまだ見習いだし、冒険者として厳しいと思ったら卒業は見送りでもう一年滞在することになる」
「え、マジで?」
密かにどうサボりながら一年をやり過ごそうか考えていた俺は、ガイアスの言葉に反射的な返しをこぼした。
「ああ。冒険者ってのは常に人手不足でな。国からの援助もありで、様々な事情で食い扶持がなくなった子の面倒を見る代わりに、将来冒険者になることを見据えた訓練もさせるというプログラムが実施されている」
「へー……って、ここはそのプログラムじゃないだろ?」
「そうだな。それはまあエリーがこっちの通常訓練を望んだからなんだが……」
流石にその事情までは知らないのか、ガイアスはそう言ってエリーの方に視線を向けた。
それにつられるように視線を向けた俺たちも含めた四人の視線を集めたエリーは、委縮するようにその肩を萎めた。
「……まあ、そういうわけだ。俺もさすがにこんな例は初めてだからどうなるかわからんが、とにかくお前ら三人は俺にあんま迷惑かけんじゃねーぞ」
「へーい」
無理矢理締めくくるようなガイアスの言葉に返事をしたのは俺だけで、どうにも幸先の悪さを感じざるを得ない顔合わせとなったのだった。
それから三日が───と言いたいところだが、残念ながら翌日。
冒険者見習いというのはどうやら多忙なようで、寮に入ってゆっくりする間もないままに訓練が始まることとなった。
ちなみに俺はハスミと相部屋で、カシーとエリーも相部屋らしい。入学時期がチームごとに違うため、当然卒業時期もチームごとに異なる。なので、極力チームごとの男女で別れて一部屋というのが色々と管理しやすくていいのだとか。
そんな俺たちが集められたのは、様々な武器が保管されている貯蔵庫だ。まずは冒険者としてやっていく上での武器選びというわけだろう。
「よし、全員集まったな。最初に言っておくが、養成所でのチームはあくまで養成所を卒業するまでのチームだ。なるべく想定通りの役割分担ができるチームだと訓練上も好ましいが、各々自分がやりたいと考えている武器で構わない。確認だが、カシーは両手剣でいいんだな?」
「はい」
この場で唯一すでに武器を持っているカシー。昨日の自己紹介の通り両手剣を使用するという選択肢以外は頭の中に内容で、ガイアスに対する返事も一切の迷いがなかった。
「それじゃあ残りの三人だが……まあ全員が前衛を希望しない限りは形になるだろう。この世に正解の役割分担など存在しないからな。初めのうちはお前らの選択に合わせて俺がサポートしていくことになると思う」
「先生のサポートがあるんすね」
「初めのうちはな。後々はお前らだけで依頼を受けて来いということもある」
「あの……それなら僕が後衛をできればと……」
「じゃ、俺はポーターだな」
弓を手に取りながらそう呟くハスミの言葉を聞いて、俺はまだ何も手に取らずにそう言った。
ポーターというのは、その名の通り荷物や探索で得たものを運ぶ人のことだ。当然街の外に出歩くわけだから相応の準備は必要であり、荷物も必ず必要となる。それを抱えた上で他のメンバーと同様の移動を求められるポーターはかなりの体力とパワーを要し、戦闘が起こると自分の身に加えて荷物も守らなければならないので、普通とは異なる戦闘技術も要される。
……などと言われているが、結局のところは荷物持ちだ。移動中は守られる立場であり、拠点を立てた際はその拠点の防衛を務めることになる。つまり、どんな依頼を受け、状況になってもやることが同じ。考えることがない。一番楽なポジションということだ。
まあどちらにせよ、俺かエリーがその役割をやるというのなら俺がやるべきだろう。九歳のガキに荷運びなどさせるわけにはいかない。
「……わたしは、これ」
そんな俺とハスミに対して、エリーはそう言って短剣を握りしめた。
どう考えても非力であるエリーが扱える武器と言ったら、たしかに短剣が一番妥当なところだろう。ただ、短剣のメリットである俊敏な動きと、短剣を扱う上で要される正確に急所を突く技術を求めるのも酷な話だろうが。
「両手剣に短剣に弓か……ダースはどうするんだ?」
俺以外の武器を確認したガイアスが、俺へと視線を移す。
はっきり言ってしまうと、俺は将来的には魔法で戦おうと思っている。先程は仕方なくという風に言ったが、俺が目指しているのはフリーのポーターなのだ。街の近くで活動する初心者ならまだしも、遠出をするようになってくる上級者の間では、主に拠点で単独での戦闘を求められるのがポーターは依頼ごとに雇うというのが主流である。もはやポーターという名前の名残もないが。
それがなぜかというと、『どこでも使える『武器』を用い、連携力が要されるため結束の固い同じメンバーで『チーム』として活動する冒険者』と、『依頼を受ける場所を絞ることで、特定の場所でしか使えないが強力な『魔法』を用い、単独での戦闘が求められるため『個人』で活動するポーター』という二つは、受けるのは同じ依頼でも仕事内容は全く異なっているからだ。……という話を、仕事を探していた時に友人から聞いた。
とはいえ、ポーターもあくまで冒険者。だから今は冒険者としての訓練を受けているわけだし、ポーターというのはチームから声がかからなければ仕事もない。それを考えると最悪冒険者として小銭稼ぎくらいはできるようにしておきたい。
「ま、俺はこれかな」
そう言って、俺はエリーと同じ短剣を手に取った。これならば魔法での戦闘にも応用できるし、柔軟性が高いので魔法でなくとも様々なものと組み合わせて幅広い戦闘方法を抑えられる。ただまあ、一つ言うことがあるとすれば───
「いやいや、短剣ってそんなメインにするような武器じゃないでしょ」
俺の思考とリンクするように、カシーが言った。
それはまさにその通りで……その通りだ。ぐうの音も出ない。
「エリーちゃんはわかるけど、ダースはもっとマシな武器使えば?」
「おいおい、マシとはなんだマシとは」
まるで短剣はダメな子みたいな言い方をしてくれるじゃないか。たしかに短剣は殺傷能力が低いし、巨大な相手には手も足も出ない。下手に振り回してもかすり傷を付ける程度しかできないが、それは素人が使ったらの話だ。
「まあそれが使いたいなら別にいいけど。早いとこ見切り付けて、もっとマシな武器にしなさいよ」
そう言うカシーの目は、完全に誰かさんを見守るような視線を放っていて…………そういえば、俺は戦闘未経験者って話になってるんだった。
めんどくさがりの冒険章 @YA07
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