第8話 2番目の奥さんリーンと3番目の奥さんフレイ

リーンが絵を描くための旅行に出た。

約束通り、俺は庭の古いベンチを修理しておく。それと、玄関ドアのノッカー。


休みの日、木材やらなんやらを買いに商店へ。

あらかじめ長さを測って、メモしてきた。

ヘタクソな絵と、寸法を書いた紙をお店の人に見せて、なんとか必要な木材を調達。

ついでにお店の人のアドバイスに従って、釘とかネジとかドライバーとか、ニスなんかも買っていく。


俺は中学高校と、技術家庭の通知表は10段階の8だったからね。結構いい感じにできるんじゃないかと自信あり。


頭の中でこんな風にあんな風にと想像しながら、木材抱えて意気揚々と歩いていた。そしたら。


「だんなさま」


突然背後から声をかけられてビクッ。振り向くと、そこにはフレイ。


「フレイ…。ぐ、偶然?」


「いえ、偶然ではありません。今日はボクの家に来られる日なので、おむかえにあがりました」


「まだ午前中だよ。行くのは、夕方」


確か約束は、夕方だったはず。俺の手帳には、自分でそう書いてあった。


「…。今日はおしごとおやすみだと聞いていたので。朝から来てくれるのかなあって」


目をうるうるさせ、俺をじっと見るフレイ。ああ…。その顔に俺は弱い。だけど厳しくせねば。


「用事があるから。夕方まで我慢して待ってて」


「用事?」


フレイは、俺が抱える木材やら何やらをじいっと見た。誤魔化すのはよくない。あんまり言いたくないけど、正直に言おう。


「リーンの庭のベンチを修理するんだ」


俺がそう言うと、フレイはさらに目をうるうる。


「ボクは、だんなさまから手作りのものをいただいたことがありません」


他の奥さんの話題というより、手作りのもの云々で半泣きなのか。俺の手作りって、フレイにとってはそんなに価値があるものなのか。


「泣かないで…。手作りのものはフレイにもプレゼントする。今は俺、行かなきゃ。フレイも大事だけど、リーンも大事なんだ」


俺の遊び人のようなセリフに、フレイは大人しく頷いた。


「はい…」


ぺこりと頭を下げ、ゆっくりと立ち去っていくフレイ。ていうか、俺は仕事休みだけど、フレイは学校じゃないのか?またサボってたのかな。

フレイがいつか退学処分になったらどうしよう。俺のせい…。親御さんに何て言おう。


…それはまた今夜フレイに注意するとして。


木材を抱えなおし、リーンの家に歩き出すのを再開した。


裏庭で、ひとり寂しく作業を開始。ネジを外して、ベンチをばらす。使えそうなものと、もう腐ってダメなやつを分ける。

そんで、なんやかんやで…。…一応、ベンチらしきものは出来上がった。だけど何て言うか。不格好だ。古い木材と新しい木材が、全く調和していない。なんというアンバランスさ。

美的センスがあんまりない俺でも分かるぞ。これはいかん。リーンが見たら、怒るかもしれない。


その時は素直に謝って、新しいベンチを買いに行くことにしよう。


ノッカーは外れかけてたネジを締めるだけで終了。美的センスは関係なくて一安心。


さーて。フレイのところに行かねば。

何が欲しいか聞いて、今度会ったときにプレゼントできればいいんだが。俺が作れる範囲かどうかが問題だ。

悩みながら屋敷に着くと、すぐにフレイが出迎えてくれた。


「だんなさま、おかえりなさいませ」


「お待たせ。思いのほか、遅くなっちゃった」


「では、先におふろへどうぞ。つかれたでしょうから、ボクが洗ってさしあげます」


ニコニコと機嫌のいいフレイに、あれこれお世話してもらう。背中洗ってもらい、なんやかんやしてもらい、食事も俺の好きな物を出してもらい。



さてあとは、ゆっくりまったりしようかという時間。


「だんなさま。手作りのもの、考えました。何を作るか考えました」


フレイがメイドさんを呼ぶ。すると、メイドさんはテーブルに裁縫道具と布…いや、これはかつて家庭科の授業で見たことある…これはフェルト…を並べた。


「おにんぎょうを作りましょう。ボクも作ります」


小さくてかわいい、フェルトの人形。マスコットとでもいうものかな?技術家庭が8の俺も、こーゆーのはちょっと苦手。


メイドさんに教えてもらいながら、フレイとふたりでフェルトを切ったり、ちくちくと縫ったり。


じゃあ中に綿を入れましょうという段階で、フレイは手を止めた。


「だんなさま、髪の毛をください。おにんぎょうに入れます」


フレイがニコニコしながら、不気味なことを言う。


「だんなさま、いいでしょう?」


ちょっと怖いけど、まあ…。うん…。髪を一つまみ。1センチほど切って渡すと、その髪をフレイは綿と共に人形に詰めた。


「このおにんぎょうを、だんなさまの代わりにします」


嬉しそうにしているフレイに、俺は首を傾げた。


「フレイの作ってるやつ、俺にくれるんじゃないの?」


お互いのものを交換するんだと思っていたが、どうやら違うらしい。フレイはゆっくりと首を横に振った。


「さしあげません。だってだんなさまは、きっと…。他の奥さんに気兼ねして、ボクの作ったおにんぎょうを堂々とつけてくれないでしょう?」


確かに、そうだ。

フェルト人形をカバンにつけようものなら、他の奥さんたちが「なにこれ?」という気持ちになるだろう。


「ボクは、ボクの作ったのと、だんなさまが作ったのと…。いつもふたつ一緒に持ちます。おにんぎょうのボクたちは、いつも一緒です」


健気に微笑むフレイ。その頬に、思わず頬を寄せた。


「ありがとう」


寂しい想いをさせちゃってるよなあ。会ってるときは、甘やかしてあげないといけないな。

…学校ちゃんと行きなさいって注意するのは、また今度にしよう。今日は言いにくい。

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