第6話 2番目の奥さんリーン

図書館の一階には、多目的ホールがある。

今度そこで演奏会があるようで、たくさんの人が楽器を運んだり飾りつけしたり、なんやかんや準備をしていた。


それを見て思い出す。二番目の奥さんのリーンに初めて会った日のことを。


あの日。勤務終わりの俺の肩を掴んだリーン。

なんだだれだろと思ったのも束の間。

「結婚してください!」と求婚された。そんで、なんやかんやでリーンが二番目の奥さんになった。


リーンは画家だ。

あの日は、多目的ホールで展示会を開くので、その準備に図書館に来ていたとのこと。

「偶然に感謝しなきゃ!」って、リーンは目をキラキラさせていた。よく覚えている。


ついでに言うと、俺が初めてそーゆーことをした相手でもある。それもよく覚えている。

そして、今日はリーンに会いに行く日。

リーンの家は、商業区と工業区の間あたり、小さな家が立ち並ぶエリアにある。ごちゃごちゃと入り組んだ路地を右へ左へ。辿り着いたその家は、こじんまりとした一軒家。…ちょっと見方を変えると、ボロ家…。だけど決して、リーンは貧乏というわけではない。


リーンは国内にとどまらず、国外でも有名で人気のある画家だ。ポストカードサイズの絵でも俺の一ヶ月分の給料が飛んでいくとかいかないとか。知らないほうがいいと思うので、聞いたことないし調べたこともない。


今にも外れそうなノッカーをガンゴン叩くが、リーンは出てこない。どこかに行ったのだろうか。もしくは…。


玄関から裏庭に回る。狭い裏庭は、特に手入れがされている様子もない。自然に草花が生えて、自然に枯れていく。その裏庭で、リーンはボロいベンチに座ってスケッチをしていた。


集中して絵を描いているリーンは、とても綺麗。いつもより綺麗。だから、声をかけることはせず、スケッチをしてるリーンを眺めることにした。


どのくらい眺めていただろうか。リーンがペンを置き、ぐーっと伸びをした。そのとき、俺の気配に気づいてこっちを見た。


「旦那様!」


ぬぼーっと立ってた俺にビックリしたリーン。その表情はさっきの表情と比べると子供っぽいあどけなさがある。


「隣に座っていい?」


俺が隣に座ると、ベンチはぎごっと変な音がした。そろそろ壊れそう。と、ベンチの心配をしてたら、リーンがさっきまで描いてた絵を俺に見せてくれた。


黒いペン一本で描いてるのに、濃淡で光の表現がなんやかんやだ。

絵に造詣が深いとは言い難い俺は、「リーンの絵は、いつもホッとする」という雑な褒め方しかできない。だけど、俺の褒め言葉にリーンは照れるように微笑む。かわいい。


「あとで、旦那様の絵の続きを描くね」


リーンは人物画はほとんど描かないが、俺は特別なんだそうだ。ここに来るたび、大きなキャンバスに少しずつ絵の具を重ねていく。


「うん。じゃあ、その前にご飯にしようか。一緒に作ろう」


「はーい!」


狭いキッチンで一緒に料理して、小さいテーブルで一緒に食べる。今はわりとお屋敷に慣れた俺だけど、やはり生まれも育ちもただの庶民。リーンの家はのんびりと落ち着く。

食事のあとで絵を描いてもらい、夜も更けてきたのでそろそろ寝ようと一緒にベッドに入った。ふたりで寝るとぎゅうぎゅう狭い。しかし、それがいい。


「旦那様…。来月、旅行に出ようと思ってるんだ。南の国で、十年に一回のお祭りがあるから。それを描きに行こうと思って」


「そうか…。どのくらい?」


「二週間くらい。寂しいな」


俺にぎゅっと抱き着いてきたので、髪をくしゃくしゃしてみる。猫っ毛で柔らかい髪だ。


「リーンがいない間、裏庭のベンチを修理しとくよ。壊れて怪我したら大変だから」


「本当?ありがとう!」


俺がリーンのためにできること。ベンチの修理と、玄関のノッカーの修理くらいかな。他に何かできればいいが。それは後々考えよう。

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