第5話 6番目の奥さんジル
なんやかんやで、あれから数日後にやっとレネの家に顔を出すことができた。
門番さんは涙を流して俺を迎え、屋敷に入ったら入ったで執事さんやメイドさんに大歓迎された。
「ごめん。ちょっと顔を出しに来ただけ…」
そう言うのがすごく心苦しかったが、今日も約束があるから…。行かねばならない。
レネはお城に出てて会えなかったので、手紙と贈り物を預けておいた。
贈り物は、カフスのような服の袖に飾るアクセサリー。俺の収入じゃ、そこまで高い物は買えなかったが。身に付けてくれれば嬉しいと思う。
執事さんたちの引き留めを丁寧にお断りし、俺は今日向かうべき相手の家へ。
そこは商業区の一等地。どーんと建ってる、洗練されつつも歴史的雰囲気を感じさせる、とにかくステキな建物だ。
一階の服飾品や宝飾品を扱っている店は、今日もお客さんが多そう。
それを横目に裏口に回って、階段で三階まで上がる。そして、ポケットから鍵を出して、勝手に上がり込む。
とっちらかった部屋の様相。
「あ。今日もやっぱり忙しいんだな」
一階は店舗、二階は事務所、そして三階は居住スペース。ここは六番目の奥さんの、ジルの家。
ジルは貿易商でもあり、自分で店の経営もしている。それがこの建物の一階のお店。
この店で買った物を身に付けるのが、王都でのステータスのひとつと言われているとか何とか。
でも、レネに買ったカフスはここで買ってない。どれだけいい品を扱っていようと、俺はジルの店で買ったものをレネに贈るほどのバカ旦那ではない。
そんなことはともかく、片づけをしようかな。
ジルには仕事を手伝う仲間や部下はたくさんいるけど、プライベートなことは他人に任せたくないって言ってた。だから、家事のための使用人さんを雇ってないそうだ。
俺は使用人じゃないから、セーフ。ベッドの上の散らかった服を集める。
「これは…。洗濯するやつかな?畳むやつかな?」
ちょっと匂いを嗅いでみたけど、あまりよく分からない。
うーん。いっそ全部洗っちゃおうかな。
そう思ったとき、ジルが帰って来た。両手に服を持つ俺に、ビックリして申し訳なさそうな顔。
「旦那様!もう来てたんだ!…ごめんなさい。掃除しようと思ってたんだけど、忙しくて」
「今日、仕事はもう終わり?」
「ううん。まだ。だけど、旦那様が来るし、掃除しなきゃと思って…。少し抜けてきたんだ」
ジルは多分、俺の50倍くらい忙しい。
俺の図書館勤務は、残業とか基本無い。仕事を家に持ち帰ることは全然無い。それに対して、ジルはお店で接客をして事務所で事務作業して貿易の仕事もなんやかんやでしなきゃいけないこといっぱいある。
「いいよ。掃除は俺がしとく。えーと、これは畳む?洗濯?」
ジルは恥ずかしそうに少し俯いて、小さな声で返事した。
「出てるのは全部洗濯で…」
「よし。任せて。ジルの仕事が終わったら、ゆっくりしよう」
「待って。せっかく抜けてきたから少しだけ」
ジルが一歩俺に近づいたので、俺もジルに近づく。そんで、ぎゅーっと抱きしめた。
そのまま数秒、お互いに無言でくっついたままじっとしてた。疲れてるんだろうな。少しでも癒しになればいいが。なってるかな。
「うん!元気になった!じゃあ、頑張ってくる!」
「おーし。行ってらっしゃい!」
仕事に戻るジルに手を振る。ドアが閉まると、俺は部屋を見回した。
散らかった部屋の掃除。俺はそれくらいのことはしてあげたいと思う。
洗濯やら風呂掃除やら、その他もろもろ。
しょせんガサツな俺がする家事だから、少々大目に見てもらいたいところもあるが…。なんとか終了。
窓の外では、すっかり日が傾いていた。…ちょっとだけ休もうかな。なんだか眠くなってきた。
ソファに深く腰掛け、ジルが戻ってくるまで一休み。ちょっと疲れたかな。今日は早番だから早起きだったし…。眠い。
◎ジル視点
旦那様のために、きちんと掃除をしてお迎えしたかったけど…。
このパターンは何度目だろう。掃除を後回しにして、旦那様に散らかった部屋を見られてしまう。こんなことを繰り返してたら、いつか嫌われるんじゃないか。無理矢理結婚してもらった立場だから、旦那様にもっと尽くさなきゃいけない。けど仕事が…。
こんな自分は、旦那様の奥さんたちの中で一番ダメなんじゃないかって思う。
だけど旦那様は、こんな俺にすごく優しい。
仕事を全部終えて家に帰る頃には、すっかり夜も更けていた。
「旦那様…」
俺が散らかした、俺の部屋の掃除をしてくれた旦那様。疲れてしまったのか、ソファに深く腰掛けて眠っていた。
数日ぶりに会えたのだから、たくさん話したりイチャイチャベタベタしたい。
けど、それはワガママ。旦那様も仕事を終えてここへきて、掃除までして疲れてるだろう。
毛布を持ってきて、そっと旦那様に掛ける。すると、旦那様がモソモソ動いた。
「うーん…」
しまった。起こしてしまった。寝かせたままにしようと思ったのに…。旦那様は目をしょぼしょぼパチパチさせて、俺に微笑んだ。
「ジル、仕事終わった?お疲れさま」
そう言って、旦那様は両腕を広げた。旦那様はすごい。自分も疲れてるはずなのに、俺のことを考えてくれる。旦那様の腕の中に飛び込み、ぐりぐりと顔をくっつける。
俺は一番ダメな奥さんかもしれないけど、旦那様を想う気持ちは他の奥さんたちに負けない。
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